IAEA核査察イラン再開──バンス副大統領がスイスでそう明言した直後、イラン外務省が国営メディアに「新たな約束はしていない」と語った。同じ交渉テーブルを囲んだはずの両者が、終わった瞬間に真逆のメッセージを発信している。どちらが本当かは、査察官が実際にイランの敷居をまたぐかどうかで判明する。

バンス発言 vs イラン否定──60日ロードマップの「温度差」

スイスの保養地ビュルゲンシュトックで行われた第1回協議を受け、仲介国カタールとパキスタンが5月26日に共同声明を発表。「60日以内の最終合意に向けたロードマップで合意した」と記した。

バンスはその内容についてこう断言した。

「これはアメリカ国民にとって重大なマイルストーンであり、イランの核兵器開発プログラムを恒久的に終わらせるための第一歩だ」(JD Vance, US Vice President / BBC News)

ところが同日、イラン外務省は真っ向から打ち消した。テヘランが民間利用を主張し続けている以上、「核兵器廃棄への第一歩」という解釈はイラン側には受け入れられていない可能性が高い。米イラン60日ロードマップは、そもそも読んでいる文書が同じなのか、という疑問が残る。

制裁免除という「先払い」──米財務省が異例の緊急ライセンス発行

交渉と並行して動いたのが経済措置だった。米財務省は60日間の制裁免除を発動し、イランが原油や石油化学製品を米ドル建てで売却できるようにした。8月21日まで有効で、イラン産原油の米国直接輸入さえ解禁される内容だ。

これは数十年単位で続いてきた対イラン輸出制限の中核を、交渉妥結前に取り除くという「先払い」に近い。バンス交渉チームが合意の信頼性に自信を持っているのか、それともカードを切るタイミングとして計算されたものなのか──どちらとも読める。ホルムズ海峡の再開通と地域停戦継続も覚書に明記されており、原油市場はすでにその方向で動いている。

バンス副大統領が「査察官の入国は今日にでも」と述べた一方、BBCの報道段階では「今週中に始まる」という表現にとどまっており、具体的な日程はまだ流動的らしい。バンス発言とイラン外務省のズレを見ると、「合意」の定義そのものが当事者間でそろっていない可能性もある。

この先どうなる

今後60日間の焦点は、査察がどこまでの施設を対象にするかだろう。フォルドゥやナタンズといった高濃縮ウランの製造拠点に査察官が入れるかどうかが、合意の実質を測る最初の指標になる。イランが「民間利用」の範囲で査察を受け入れるだけなら、米イラン60日ロードマップは形式的なものにとどまりかねない。逆に査察の範囲が想定より広ければ、バンスの「核兵器廃棄への第一歩」という言葉が現実味を帯びてくる。制裁免除という経済的なインセンティブをすでに受け取ったイラン側が、次に何を差し出すのか──60日のカウントダウンは静かに、しかし確実に進んでいる。