ウクライナ民族主義パルチザンを「英雄」として国家顕彰する大統領令に、ゼレンスキーが署名した。ロシアの侵攻が続く最前線で、同盟国ポーランドとの間に歴史の地雷が炸裂した格好だ。
ヴォルィーニ虐殺――ポーランドが絶対に忘れない1943年
顕彰対象となった部隊の中心はUPA(ウクライナ蜂起軍)など、第二次大戦中にナチス・ドイツに抵抗したウクライナ民族主義武装組織だ。ウクライナ国内では「占領者に抗った独立の闘士」として位置づけられてきた。
ただし、ポーランド側の記憶はまるで違う。1943〜44年にかけて、これらの部隊が西ウクライナ(当時ポーランド領)で行ったとされるポーランド人住民への大規模殺害——いわゆる「ヴォルィーニ虐殺」では、推定10万人前後が犠牲になったとされる。ポーランド議会はこれを「ジェノサイド」と決議しており、公式謝罪なき顕彰はワルシャワにとって受け入れられるはずがない話だった。
ウクライナのゼレンスキー大統領が第二次大戦時のパルチザン戦士を顕彰する大統領令に署名し、ワルシャワとの緊張を悪化させた。(ニューヨーク・タイムズ)
ウクライナ・ポーランド同盟はいま、欧州安全保障の文字通りの背骨になっている。武器の補給ルート、160万人超の難民受け入れ、EU加盟交渉の後ろ盾——ほぼすべてがポーランドの協力を前提として動いている。その相手の「民族の傷」を、この時期に公式文書で引っかくのは、外交的な計算としてどう説明するのか。キーウ側の狙いがいまひとつ見えない。
モスクワが最も喜ぶシナリオを、自分たちで演じていないか
ロシアはかねて「ウクライナ政府はナチス支持者だ」というプロパガンダを対外発信してきた。UPAのナチス協力をめぐる歴史は複雑で、単純な断罪はできないが、ポーランドとの公開的な対立を招く顕彰令は、その物語に燃料を投下する形になってしまう。
ニューヨーク・タイムズはこの動きが両国同盟に「深刻な影を落としている」と報じた。ポーランド国内では右派・左派を問わず反発が広がっており、政府間の交渉チャンネルが詰まり始めているらしい。ウクライナ・ポーランド同盟のヒビは、戦場での消耗以上に西側支援の持続性を脅かしかねない変数になってきた。
この先どうなる
ポーランドが外交的な反撃に出るとすれば、武器輸送の優先度引き下げや、EU加盟協議での留保表明といったカードが手元にある。ウクライナ側は大統領令の「解釈の余地」を強調して火消しを図るとみられるが、ヴォルィーニ虐殺をめぐる歴史認識の溝は一夜で埋まるものではない。秋以降のEUサミットでウクライナ加盟の議論が本格化するタイミングに合わせて、ポーランドがどこまで強気に出るかが当面の焦点になりそうだ。外側から見れば「なぜこの時期に」という疑問が残るし、その答えがないまま対立が長引けば、得をするのは一方向にしかない。
