イラン制裁の効果が、静かに、しかし決定的に崩れていた。金融犯罪対策のコンサルタント、ダニエル・タネンバウム氏(オリバー・ワイマン)がブルームバーグの取材でこう言い切った——「2015年には制裁がイランを交渉の場に引き出す鍵だったが、今や戦争が主要な手段となっている」と。
影の船団200隻超、制裁は「穴あきバケツ」になっていた
JCPOAが成立した2015年を振り返ると、経済制裁は確かに機能した。石油収入を8割近く絞り込み、イランをウィーンの交渉テーブルに引き出したのは、強固な国際制裁網だったのは間違いない。
ところが今は違う。調べると出てくるのが「影の船団」の存在だ。AIS(船舶位置情報)を意図的にオフにしたタンカーが数百隻規模で動いており、イラン産原油を積み替えながらマレーシアやUAEを経由し、最終的に中国に届く。中国側も「制裁対象でない第三国産」として買い入れを続けているらしい。制裁の穴が体系的に組み込まれてしまった格好だ。
タネンバウム氏が警告しているのはまさにそこで、「制裁が通じないなら、次の危機で残る選択肢は一気に狭まる」という話になる。
「2015年には制裁がイランを交渉の場に引き出す鍵となったが、今や戦争が主要な手段となっている」——ダニエル・タネンバウム(ブルームバーグ取材、2026年6月)
ホルムズ海峡と日本、切り離せない理由
これが遠い中東の話に見えるなら、数字を一つ出す。世界の原油海上輸送のおよそ20%がホルムズ海峡を通過する。日本の原油輸入に占める中東依存度は9割超。ルートが詰まれば、価格が上がるどころか文字通り「届かない」事態も起こりうる。
JCPOAの崩壊後、イランは濃縮ウランの純度を60%近くまで高めた。核拡散リスクはエネルギーリスクと地続きになっていて、どちらが先に爆発するかというより、両方が同時に動く可能性がある。
外交の「道具」が使えなくなっていくとき、何が起きるか。タネンバウム発言が怖いのは、脅しでも予測でもなく、すでに起きていることを淡々と述べているところだ。
この先どうなる
バイデン政権末期から続く非公式接触、そしてトランプ政権が模索しているとされる「取引型の和解」——どちらも制裁を梃子にする構図は変わらない。しかし制裁の抑止力が低下した今、同じ道具で違う結果を出せるかは疑わしい。
現実的なシナリオは二つに絞られつつある。イランが何らかの形で核合意の再交渉に応じるか、あるいは直接的な軍事的衝突がホルムズ情勢を一変させるか。その間にある「制裁で封じ込め続ける」という第三の道が、静かに消えかけているのが今の状況だろう。日本にとって「他人事」ではないし、そう言っている時間も長くないかもしれない。