米イラン核合意に向けた「暫定的理解」が成立した——ニューヨーク・タイムズがそう報じた瞬間、原油先物は静かに動き始めた。交渉が扱っているのは核プログラムの完全凍結と、世界の原油輸送の約2割が通過するホルムズ海峡の恒久的な開放。どちらか一方でも崩れれば、話は最初からやり直しになる。
「理解」と「合意」のあいだにある革命防衛隊という壁
調べるほど引っかかるのが、この「理解(understanding)」という言葉だった。外交文書で使われるときの含意は「合意(agreement)」とは別物で、双方が同じ方向を向いているという確認に過ぎない。法的拘束力もなければ、署名もない。
テヘランの内側ではさらに複雑な事情がある。イラン革命防衛隊は核施設への外部アクセスを「主権の問題」として位置づけており、査察受け入れに強く抵抗しているらしい。最高指導者ハメネイ師の判断より先に、革命防衛隊が動くシナリオも排除できない。2015年のJCPOA交渉でも、最後の最後に内部の抵抗が条件を書き換えた経緯がある。
ホルムズ海峡交渉の側では、「恒久的な開放」という言葉そのものがすでに論争の種だ。イランはこれまで何度も「封鎖カード」を外交の切り札として使ってきており、それを永続的に手放す対価として何を求めるかが、まだ外に出てきていない。
欧州にとってこれは物価問題でもある
欧州各国がこの交渉を固唾を飲んで見守っているのは、単純に言えばガス代と食料品の話でもある。ホルムズ海峡が安定するだけで原油の供給リスクプレミアムは剥落し、エネルギーコスト経由のインフレ圧力に直接ブレーキがかかる構造になっている。2022年以来続いてきたエネルギー高は欧州の製造業と家計を同時に締め付けてきており、この交渉の行方は金融政策の判断にも波及しうる。
「欧州そして世界は、今回の協議がイランの核プログラムとホルムズ海峡に関する永続的な合意を生み出すかどうか、固唾を飲んで見守ることになる。」(The New York Times)
欧州はオブザーバーではなく、当事者に近い立場だ。英仏独の三カ国はJCPOA崩壊後もイランとの独自外交チャンネルを維持しており、今回の米イラン交渉に対して「支持するが介入しない」という微妙な距離感を保っているという。
この先どうなる
最も早いシナリオは、数週間以内に「枠組み合意」が公表され、詳細交渉に移行するケース。ただしその場合でも、革命防衛隊の核施設アクセス問題と制裁解除のタイミングが同時決着できるかどうかが関門になる。トランプ政権が「最高レベルの到達」と表現してきたこの交渉が、本当の署名式にたどり着くまでには、あと少なくとも一つ「想定外」が挟まると見ておいた方がいいかもしれない。原油市場はすでにそのシナリオを半分だけ織り込みつつ、もう半分は様子見を続けている。