イラン核交渉がかつてなく合意に近づいた今、ニューヨーク・タイムズが突きつけたのは「交渉相手が別の生き物になっている」という不都合な事実だった。制裁で締め上げ、軍事威嚇をかけ、外交的に孤立させる——アメリカとイスラエルが持てる最大のカードをすべて切られた後でも、イランの新指導部は政権を維持した。その経験は、テーブルの向こう側に座る人間の計算を根本から変えてしまっている。

革命防衛隊が仕切る交渉——「恐怖」から「計算」への転換

従来のイラン指導部は、経済制裁による国民生活の悪化を無視できなかった。だが現在の新指導部、とりわけ革命防衛隊の影響が色濃い体制は、そのプレッシャーをすでに経験済みで、それでも倒れなかった実績を持つ。「耐えられる」と分かった組織は、恐怖ではなく損得勘定でリスクを取れる。これが今の交渉を難しくしている核心だろう。

「イランの新たな、より軍事主義的な指導者たちは、アメリカとイスラエルが与えうる最悪の事態をすでに乗り越えており、より大きなリスクを取る姿勢を見せている。」(The New York Times、2026年6月13日)

この構図で合意が破綻した場合、波及は二段階で来る。まず中東核均衡の問題。イランが核開発を実質的に再開・加速すれば、イスラエルが単独軍事行動に踏み切る選択肢が再び現実の政策テーブルに上がる。2020年代初頭の攻防が示したように、ホルムズ海峡周辺での緊張は原油価格を瞬時に動かす。日本のエネルギー輸入の約9割は中東経由であり、「遠い話」では済まない。

合意が崩れた時、日本が被る3つの余波

第一に原油価格の急騰リスク。イスラエルがイランの核施設を攻撃した場合、報復としてのホルムズ封鎖は現実シナリオの一つで、原油先物は即座に反応する。第二に日本外交の選択肢の狭まり。日本はイランと独自の外交チャンネルを持ってきたが、米国主導の制裁強化局面では独自路線を維持しにくい。第三は円安圧力。原油高はエネルギー輸入コストを押し上げ、貿易収支を悪化させる経路が再び動き出す。
ただし、合意が成立した場合のシナリオも忘れてはいけない。核合意が成立すれば、イラン産原油が市場に戻り、供給過多による原油安が産油国の財政を直撃する。中東全体のパワーバランスもまた別の方向に揺れる。どちらに転んでも、静かには終わらない交渉だった。

この先どうなる

交渉の次のヤマ場は、イランの核濃縮水準をどこで凍結するかという数字の詰めだとされる。60〜90%の濃縮ウランをどう扱うかは、核合意の「形だけの成立」と「実効的な合意」を分ける分岐点になりそうだ。革命防衛隊が実質的に拒否権を持つ構造が変わらない限り、合意文書に署名が入っても履行段階で揉める展開は十分ありうる。イスラエルのネタニヤフ政権は合意内容に関わらず独自の安全保障判断を下す姿勢を崩していないし、トランプ政権も「完璧な合意か、ゼロか」の二択に引き寄せられやすい。今後数週間、交渉チームが出してくる「大筋合意」という言葉の中身を、額面通りに受け取らないほうがいいかもしれない。