ジェニンに、イスラエルの軍事基地が静かに建ちつつある。ニューヨーク・タイムズが報じたその事実は、30年近く中東和平の土台とされてきた合意を、正面から踏み越えるものだった。

オスロ合意の「抜け穴」か、それとも公然たる無視か

1990年代に締結されたオスロ合意は、イスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)が交わした歴史的な取り決めだ。その柱のひとつが、ヨルダン川西岸への恒久的な軍事拠点建設を厳しく制限するという条項だった。

今回の建設がその条項に抵触するかどうか、イスラエル政府は明確な説明を避けている。だが批評家たちは「抜け穴を探しているのではなく、合意そのものを無視している」と見ている。現地の人権団体や欧米の外交筋からも、懸念の声が相次いでいるらしい。

批評家たちは、この動きがイスラエル軍によるヨルダン川西岸のパレスチナ人口密集地近辺での入植活動拡大を守るために使われると指摘している。(ニューヨーク・タイムズ)

つまり基地の目的が「治安維持」ではなく「入植者保護」にある、という見立てだ。ジェニン周辺では近年、ヨルダン川西岸入植地の拡大ペースが加速していた。軍が恒久的に駐留すれば、入植者が定着しやすくなる。そういう順番で土地が変わっていく、という話だった。

ジェニンが「前例」になる日

ジェニンはもともと、ヨルダン川西岸でも武装勢力の活動が活発な地域として知られてきた。イスラエル軍は過去にも大規模な軍事作戦を繰り返し展開している。ただ、これまでは「作戦」という形でいったん引いていた。

今回は違う。基地という「恒久的な構造物」を建てているのだから、撤退を前提にしていないってこと。専門家たちはこれを、段階的なヨルダン川西岸編入に向けた既成事実化の一手と読んでいる。

もしジェニンで成功すれば、同様の基地がほかの都市にも広がるシナリオが現実味を帯びてくる。ラマッラー近郊、ヘブロン周辺……ヨルダン川西岸の地図が塗り替わる速度が、静かに上がっていくかもしれない。

この先どうなる

オスロ合意は法的拘束力をめぐる解釈が各国でずれており、直接的な制裁発動には至りにくい構造がある。米国の出方が鍵を握るが、現状のトランプ政権はイスラエルへの圧力を掛ける姿勢を見せていない。

EU各国やアラブ連盟は声明レベルの抗議を強めるとみられるが、建設を物理的に止める手段は今のところ見当たらない。二国家解決を支持してきた国際社会にとって、ジェニンの基地は「まずい前例」が完成する瞬間になりうる。静観が続くほど、選択肢は狭まっていく。