USMCAの交渉テーブルが、静かに傾き始めている。トランプ大統領は6月10日、カナダ・メキシコとの現行貿易協定の更新について「考えていない」と述べ、2026年の見直し期限を前にした交渉ムードを一気に冷やした。年間取引額1兆ドル超を支える協定が空洞化すれば、その余波は北米にとどまらない。

トランプが「更新拒否」をにおわせた背景

USMCAは2020年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)の後継版で、米・加・墨3か国が6年ごとに「存続か廃止か」を審査する仕組みになっている。次の審査期限は2026年。つまり今がまさに交渉の正念場だった。

そこに飛び出したのが今回の発言だ。ホワイトハウス内でも詳細な文言は確認中とされているが、「考えていない」という言葉の重さは軽くない。これまでトランプ政権はカナダの乳製品関税やメキシコの自動車生産コスト条項をめぐって強硬姿勢を崩しておらず、今回の発言は交渉戦術の一環とも、本音の吐露とも読める。

「トランプ大統領、カナダ・メキシコ貿易協定の更新を『考えていない』と発言」――The New York Times, 2026年6月10日

カナダとメキシコの両政府は即座に反応を求められる立場になったが、少なくとも今の時点で公式な対抗措置の表明はない。水面下での焦りは相当なものらしい。

自動車サプライチェーン、1兆ドルが揺れると何が起きるか

北米自由貿易協定の枠組みが崩れると、最初に打撃を受けるのは自動車産業だ。現在、米・加・墨3か国にまたがるサプライチェーンでは、1台の車が国境を複数回またいで組み上げられるケースも珍しくない。関税が復活すれば、それぞれの工程にコストが乗り、最終的な価格競争力が失われる。

影響はトヨタ、ホンダ、マツダといった日系メーカーのメキシコ・北米工場にも直撃する。日本から北米市場へのルートとして、メキシコ生産拠点を活用してきた企業は少なくない。「北米向け」として設計された生産ラインを、数か月単位で組み直すのはほぼ不可能だ。

欧州の部品メーカーも同様で、USMCAが失効した場合の代替シナリオを描けているところはほとんどないとみられている。トランプ通商政策の「不確実性コスト」がここでも顔を出している格好だ。

この先どうなる

次の焦点は、カナダのカーニー首相とメキシコ側がいつ、どんな形でトランプ政権に交渉継続を迫るか、だろう。今のところ「更新しない」は正式な政策決定ではなく、大統領発言の段階にとどまる。過去にもトランプ氏はWTO脱退やNAFTA破棄をちらつかせては交渉を有利に進めてきた経緯があり、今回も揺さぶりの可能性は否定できない。

ただし、2026年の審査期限まで1年を切っている。協定が「自動廃止」になる前に署名が必要な手続きを逆算すれば、実質的なタイムリミットはもう迫っている。貿易交渉は最後の数か月で急転するか、あるいは静かに壊れるかのどちらかだ。日本の製造業にとっても、他人事で済む話じゃなくなってきた。