ディアス=カネル制裁が発動された瞬間、「国家元首を直接名指しする」という外交上の一線が、また一つ越えられた。米財務省が今回、キューバのミゲル・ディアス=カネル大統領その人を制裁対象に指定したのは、60年超にわたる対キューバ経済封鎖の歴史の中でも異例中の異例に当たる。
なぜ今、現職大統領を名指しにしたのか
制裁の根拠として挙げられているのは、民主化運動への組織的な弾圧と政治犯の増加だ。2021年7月に起きた大規模反政府デモ「11Jプロテスト」では、数百人が拘束・起訴された。ディアス=カネル政権はデモを「違法な暴動」と位置づけ、治安部隊による鎮圧を主導した。その後も市民社会への締め付けは続いており、欧米諸国からの批判が積み重なっていた経緯がある。
トランプ政権はベネズエラ、イラン、ロシアに対して同時並行で圧力を強めており、今回のキューバ制裁はその地政学的なパッケージの一環とみられる。「同じ土俵で一括して締め上げる」という発想が透けて見える。
「米国はキューバのミゲル・ディアス=カネル大統領に制裁を科した。島の指導部に圧力をかける一連の動きの最新措置である。」(AP通信)
キューバ米国制裁の歴史をたどれば、1960年代から続く経済封鎖(ブロカデ)が基盤にある。オバマ政権期の2014〜2016年にいったん雪解けムードが生まれたものの、トランプ第1次政権で逆戻り。バイデン政権は一部緩和を示唆しながらも大きくは動かず、今回のトランプ第2次政権下でさらに強硬路線に踏み込んだ格好だ。
制裁の中身と、しわ寄せを食らうのは誰か
今回の措置の具体的な内容は2点に集約される。ディアス=カネルが保有する米国内資産の全面凍結、そして米国人・米国企業との取引の全面禁止だ。もっとも、キューバ国家元首が米国内に大きな資産を持っているかどうかは疑問で、直接的な財務インパクトは象徴的な意味合いが強い。
問題は間接効果のほうだ。トランプ対キューバ政策の強化が続けば、海外からキューバへの送金(レミタンシャス)がさらに制限され、外国企業の投資も一層遠のく。島はすでに燃料不足、食料不足、停電の常態化に苦しんでいる。現政権への打撃を狙った措置が、実際に痛みを受けるのは一般市民、というパターンがまた繰り返されそうで、そこが引っかかった。
この先どうなる
キューバ政府はこれまで、米国の制裁強化に対して「帝国主義の干渉」と反発し、内政批判を封じる材料として逆手に使ってきた。ディアス=カネル自身もその文脈で国内の結束を呼びかける可能性が高い。一方、ハバナの街角では燃料と食料の確保に追われる市民の不満がくすぶり続けており、政権への求心力が制裁を言い訳に維持できる保証はもうない。トランプ政権が次にどんなカードを切るかより、キューバ国内の民心がどちらに振れるかのほうが、島の行方を左右するだろうと感じている。