アンテロープ礁が、6ヶ月前まで地図上のターコイズ色の点だったと聞いて、正直ぞっとした。今年に入って中国が吸引浚渫船を大量投入し、海底から砂を吸い上げ続けた結果、6平方キロメートルの弓形の白砂地が出現。建造物まで立ち並んでいるという。BBCが衛星画像を添えて報じたこの事実、数字を見るとスケールが頭に入りやすい——浚渫船1隻が1時間に6,000立方メートル、オリンピックプール2杯分の砂を吸い上げ続けた計算になる。
6ヶ月・6km²――中国がパラセル諸島でやってのけた「数字の暴力」
アンテロープ礁が属するパラセル諸島は、中国・台湾・ベトナム・フィリピン・マレーシア・ブルネイが入り乱れる係争海域だ。中国がパラセルの実効支配を握ったのは1974年のことで、以来この海域では「誰が何を主張するか」より「誰が何を造るか」が現実を決めてきた経緯がある。
今回のアンテロープ礁の造成スピードは、おそらく世界記録級とBBCは指摘している。完成した島のラグーンには多数の船舶が確認されており、単なる「砂浜」ではなく明らかに軍民両用を意識した拠点づくりの様相を呈している。2016年の仲裁裁判所裁定で中国の広域権益主張が否定されたはずだったが、裁定後も埋め立ては続き、むしろ加速したのが実態だった。
「中国が広大な領有権主張を裏付けるために土地を造成するのを長年見てきた後、ベトナムもまた、南シナ海で自国が保有する礁の埋め立てを進めている。」(BBC News)
このBBCの一文が今の南シナ海情勢を端的に映し出している。傍観者だったベトナムが動き出したのは、「見ているだけでは損をする」という現実的な計算が働いたからだろう。フィリピンも同様の動きを見せているとされ、南シナ海の埋め立て競争は多極化の様相を帯びてきた。
ベトナム参入で「浚渫戦争」は多極化へ——国際法が追いつかない
南シナ海の埋め立て問題でこれまで注目されてきたのは中国一国の動向だったが、構図は変わりつつある。ベトナムが自国管轄の礁で埋め立てを本格化させたことで、「中国だけを批判する」という従来の国際社会の語り口が難しくなってきた。それぞれの国が「先に造れ、後で交渉」というロジックで動き始めれば、条約や裁定が介入できる余地はさらに縮む。
パラセル諸島やスプラトリー諸島の礁は、もともと人間が定住できる陸地ではなかった。それが人工的に「島」に変えられることで、排他的経済水域の計算まで変わりうる——国連海洋法条約の解釈をめぐる争いは今後も続くが、物理的な既成事実の積み上げはリアルタイムで進んでいる。
この先どうなる
中国がアンテロープ礁に何らかの軍事・民間インフラを整備すれば、パラセル諸島での力学は一段と固まる。ベトナムとフィリピンの埋め立てが追いついたとしても、規模と速度で中国に対抗するのは容易ではない。米国がどの程度「航行の自由作戦」を継続するかも変数だが、現状では造った者が有利という流れを逆転させる手立ては見えていない。南シナ海の地図は、衛星が撮影するたびに少しずつ書き換えられている。