南シナ海放水砲の映像が世界に拡散した翌日、米国務省はフィリピンへの防衛義務を「一語一句、疑いなく適用される」と異例の強さで言明した。中国外務省は同じ24時間以内に「主権侵害への合法的対応」と真っ向から反論。2つの声明が示したのは、もはやどちらも引き下がれない構図だった。

中国海警局が放水砲、フィリピン補給船に直撃した現場

問題の舞台はセカンド・トーマス礁。フィリピンが座礁させた旧軍艦BRPシエラ・マドレに補給物資を届けようとした船に、中国海警局の艦船が放水砲を浴びせた。船体が損傷し、補給任務は中断されたという。

中国海警局の妨害行為はこれが初めてではない。ここ数年で放水砲の使用、レーザー照射、船体への体当たり的な幅寄せと手口が段階的にエスカレートしてきた経緯がある。今回は特に砲の水圧が強く、乗組員への危険も報告されている。

「米国と中国は水曜日、南シナ海での一連の事案をめぐって互いに非難を応酬した。中国は係争中の浅瀬やリーフ付近でフィリピン船舶への妨害行為をエスカレートさせている」(AP通信)

米国はこの状況を「国際法違反」と断じ、米比相互防衛条約の第4条が発動しうると繰り返し強調している。フィリピン軍の艦船や航空機への攻撃は条約上の対応義務を生じさせるという解釈で、バイデン政権からトランプ政権に移っても、この立場は変わっていない。

年間5兆ドルのシーレーン、日本のエネルギーも8割が通過

なぜこの海域にこれほどの緊張が集まるのか。南シナ海は年間通過貿易額が5兆ドルを超えるとされ、世界の海上貿易の約3分の1が行き来する。日本が中東から輸入する原油やLNGも、ほぼこのルートを通る。輸入エネルギーの約8割がこの海を経由しているとも言われており、「遠い南の海の話」では済まない話だとわかる。

中国は「九段線」と呼ばれる独自の境界線を根拠に南シナ海の大部分を自国の管轄海域と主張している。ただし2016年の仲裁裁判所裁定はこの主張に法的根拠はないと結論づけており、中国はその裁定自体を認めない立場を崩していない。米国とフィリピンは合同演習を拡大することでこの主張への対抗姿勢を示してきた。

ここで引っかかるのは、中国の行動が「少しずつ」エスカレートしている点だ。一気に武力衝突に持ち込むのではなく、グレーゾーンの行為を積み重ねることで事実上の管理を広げる手法は、東シナ海での経験とも重なって見える。

この先どうなる

米比共同演習の規模は今後さらに拡大する見通しで、フィリピン国内の複数の基地に米軍の新たなアクセスが認められた。一方、中国は九段線の主張を崩す気配がなく、海警局の活動範囲も広がりつつある。

注目すべきは、ASEAN各国の反応だ。南シナ海に面する国々は中国との経済依存も深く、正面から批判する国は少ない。フィリピンがほぼ単独で対峙している現状が続くなか、米国の関与がどこまで実効性を持つかが焦点になってくる。次の補給任務のタイミングで、また放水砲が飛ぶかもしれない。そのとき米比相互防衛条約が実際にどう動くか、世界が初めてそれを見ることになる可能性がある。