ダヒエ攻撃の命令が下った瞬間、ベイルートの南郊から多くの住民が避難を始めた――それが今週の中東で起きたことだ。イスラエルのネタニヤフ首相は、ヒズボラの牙城として知られるベイルート南郊ダヒエの「テロ標的」を攻撃すると表明した。4月に米国が仲介して成立した停戦合意が有名無実化する中での決断だった。
ルビオが電話した翌日、軍はすでに動いていた
日曜日、マルコ・ルビオ米国務長官はネタニヤフ首相とレバノンのアウン大統領にそれぞれ電話をかけ、段階的な緊張緩和の枠組みを提案した。内容はこうだ。まずレバノン政府がヒズボラに攻撃停止を働きかけ、それと引き換えにイスラエルはベイルートでの軍事行動を控える。米側にとっては現実的な「第一歩」のはずだった。
ところが、その交渉が進む間にも、イスラエル軍はすでにリタニ川を越えて行動していた。南レバノンに位置する約900年の歴史を持つボーフォール城を制圧。戦略的に重要な尾根の上に立つこの拠点を押さえたことで、地上作戦の主導権は完全にイスラエル側に移った格好だ。ルビオの電話は後追いになってしまった感が否めない。
「レバノン政府は、イスラエル自身の停戦違反を止めるよう米国が圧力をかけてくれることに依存している」――レバノン政府高官、BBC取材に対して
カッツ国防相は「ヒズボラを壊滅させるまで作戦は終わらない」と言い切った。レバノンのサラム首相は「焦土化政策と集団的懲罰だ」と批判したが、攻撃の勢いを止める具体的な手段は今のところ見当たらない。ヒズボラ停戦崩壊という現実が、中東の力学を静かに、しかし急速に書き換えつつある。
ヒズボラが崩れると、何が変わるか
注目しておきたいのは「ドミノ」の話だ。ヒズボラはイランにとって中東戦略の要の一つ。この組織が軍事的に弱体化すれば、イランからシリア、レバノンへと続く影響圏が揺らぐ。周辺のイラン支援勢力にとっても「抑止の絵」が崩れるわけで、地域全体の均衡が変わりうる。
一方でレバノン自体の問題もある。民間被害が積み重なれば、アウン大統領を軸に立て直し中のレバノン政府が求心力を失いかねない。国家機能が再び空洞化すれば、ヒズボラの代わりを埋めるものが生まれない可能性もある。「壊滅」の先に何があるかは、イスラエル軍の発表には書かれていない。ルビオ中東仲介の成否が問われる局面は、まだこれからとも言えそうだ。
この先どうなる
当面の焦点は二つ。一つはルビオが提示した「段階的緊張緩和」の枠組みにイスラエルが乗るかどうか。カッツ発言を見る限り、政府内の強硬派が主導権を持っている。もう一つはレバノン政府がヒズボラへの実質的な働きかけを行えるかで、これは政治的に極めて難しい立場だ。地上作戦の進展次第では、ダヒエへの空爆が本格化し、国際社会の批判が一気に高まるシナリオも十分ありうる。今週末にかけての米イスラエル間の動きが、次の局面を決めるかもしれない。