ルーマニアのドローン被弾が、4年越しの「たまたま誰も死ななかった」記録を塗り替えた。2025年5月、黒海沿岸の都市ガラツィにある集合住宅の屋上にロシア製ドローンが激突し、爆薬が全量起爆。10階で火災が発生し、2人が擦り傷などで医療機関に搬送された。避難を強いられた住民は約70人にのぼる。ウクライナ国境を越えた迷い込み事案はこれまで複数回あったが、ルーマニア市民が実際にケガをしたのは今回が初めてだった。
F-16を2機スクランブルしても落とせなかった夜
ルーマニア国防省によると、ドローンがルーマニア領空に進入した時点でF-16戦闘機2機が緊急発進した。レーダーはガラツィ南部まで機影を追い続けたが、迎撃には至らず。そのまま住宅の屋根に激突するという最悪のシナリオが現実になった。
ガラツィはウクライナとの国境から直線距離で30キロに満たない。ロシアがウクライナ南部を攻撃する際、ドローンが大きく弧を描いてルーマニア上空に流れ込むケースは以前から懸念されていた。今回はその懸念が「負傷者あり」の形で現実になったわけで、「またか」では済まない事態になっている。
「今回の事態は、ロシア連邦による深刻かつ無責任なエスカレーションである」——ルーマニア外務省
ルーマニア外務省はこの声明とともに、NATO事務総長へ即時報告。さらに「対ドローン能力の移転を急ぐよう求めた」と公表した。NATOのスポークスパーソンもX(旧Twitter)で「ロシアの無謀さを強く非難し、ドローンを含む全脅威への防衛を強化し続ける」とコメントしている。ガラツィ爆発を受け、NATO内での防空資産の再配置議論が一気に加速しそうだ。
NATO第5条は「発動」するのか、それとも形骸化するのか
引っかかるのは、集団防衛の根拠となるNATO第5条との関係だ。第5条は「加盟国への武力攻撃はすべての加盟国への攻撃と見なす」と定める。ただし、これが「意図的な攻撃」なのか「誤射・迷走」なのかによって対応は大きく変わってくる。ロシアは今のところ事件への公式コメントを出していない。意図的な攻撃と認定するだけの証拠が今後揃うかどうか、加盟国がどこまで認定に踏み込むかが焦点になる。
ルーマニアはNATOの対ドローン網の強化を求めており、今回の事案はその交渉カードとして機能する可能性が高い。ガラツィ爆発は偶発事故かもしれないが、そもそも「偶発的に起きてしまう」環境をつくり出しているのはロシアの攻撃自体だという見方もある。
この先どうなる
当面の注目点は三つ。まずロシアが声明を出すかどうか——意図的攻撃かどうかの認定に直結する。次にNATOがルーマニアへの防空システム追加配備をどのスピードで決めるか。そして今後、同様の越境事案が続発した場合に第5条の援用論が盟国内でどこまで高まるか。「負傷者が出ても第5条は動かなかった」という前例になれば、ロシアへの抑止力が損なわれる——そんな懸念を、NATO内部も当然感じているはずだ。今のところ外交的非難の段階だが、次に市民が死者を出した場合の選択肢は、今よりずっと少なくなるだろう。