アブラハム合意の拡大をイラン核交渉に抱き合わせる——トランプ大統領が突きつけた新条件に、中東外交はかつてない困惑に包まれている。ガザでの戦闘が続くいま、アラブ諸国にイスラエル承認を求めるのはどこまでリアルなのか、調べれば調べるほど疑問が深まるばかりだった。

2020年の成功体験が、今回は重荷になっている

2020年に結ばれた原型のアブラハム合意は、UAE・バーレーン・スーダン・モロッコという4カ国のイスラエル承認を実現させた。トランプ政権にとってはいまも誇れる外交的レガシーで、その再現を狙う気持ちは理解できなくもない。

ただ、当時と今では文脈がまるで違う。2020年時点ではガザの大規模戦闘は起きていなかった。アラブ世論には「パレスチナ問題を棚上げにするのか」という批判はあったにせよ、街頭への怒りは今ほど激しくなかった。それが今は、死者数が積み上がる映像が毎日SNSに流れる状況の中でのイスラエル承認要求になっている。

サウジアラビアは以前から「パレスチナ国家への具体的な道筋がなければ承認しない」という立場を崩していない。湾岸諸国の外交筋が当惑するのは当然だろう。

イラン核交渉との抱き合わせという、見たことのない構図

今回さらに異例なのは、イスラエル承認という要求をイラン核合意の枠組みに組み込もうとしている点だ。核交渉はもともとウラン濃縮の上限や査察体制をめぐるテクニカルな折衝で、そこに地域の国交問題を差し込むのは交渉テーブルを複雑にするだけとも言える。

「トランプ大統領は、イランとの戦争を終わらせる合意の条件として、より多くの国々がイスラエルを承認するよう求めるべきだと述べた。専門家たちは、その実現可能性はほぼゼロだと指摘している。」(ニューヨーク・タイムズ)

複数の中東アナリストが「実現ゼロ」と断言しているのは、要求の中身がアラブ国内政治と真っ向からぶつかるからだ。どの指導者も、ガザ戦争中にイスラエル承認の署名をすれば国内世論を敵に回しかねない。そのリスクを外から押しつけられて動ける政府は、現時点では見当たらないらしい。

イスラエル承認というカードを交渉に乗せること自体が、アラブ側の外交的立場を極端に狭める。「ノー」と言えば対米関係に傷がつき、「イエス」と言えば国内が揺れる——という二重の圧力をかけてくる構図に見えなくもない。

この先どうなる

イラン核交渉は2025年春以降、オマーン経由の間接協議が続いているとされる。そこにアブラハム合意拡大という条件が正式に乗ってくるかどうかは、まだ流動的だ。トランプ政権の「要求」がどこまで本気の外交条件で、どこまで国内向けのパフォーマンスなのかを見極める必要がある。

サウジアラビアが動かない限り、他の湾岸諸国が先行して署名する可能性も低い。ガザ停戦と人道状況の改善が進まない限り、アラブ世論の壁は当面崩れそうにない。専門家たちの「ゼロ」という評価は厳しすぎるようでも、現状を正直に映しているだけかもしれない。次の動きを左右するのは、結局ガザの地上で何が起きるかだろう。