イランのインターネット遮断が88日ぶりに解除された——ただし、それは政府が「許可した」という話であって、自由が戻ってきた話ではないらしい。テレビ、チャット、ニュース、あらゆる情報回路が国家の手で断たれていた約3か月間、イラン国民は事実上、世界から切り離されていた。
88日間、何が起きていたか
遮断が始まったのは政府への抗議運動が広がった時期と重なる。偶然じゃない、という見方が自然だろう。集会が開けなくても、SNSで声を集め、映像を拡散し、連帯を確認する——現代の異議申し立ては多くがネット経由で動く。そこを物理的に塞いでしまえば、組織的な抵抗はかなりの部分が機能不全に陥る。
インターネット遮断は「通信の不便」じゃない。異議申し立てと集団行動を封じる、デジタル鉄のカーテンとも呼べる手法だ。イランはその運用を、今回また世界に見せた形になる。
「政府は事実上の全面遮断の後、国民が世界とつながることを許可した。しかしアクセスできない人々もおり、できる人々もそれがいつまで続くのか疑問を抱いている。」(The New York Times)
ここが引っかかった。「許可した」という表現だ。権利として接続できる状態と、政府が気が向いたら繋いでやる状態では、住んでいる世界がまるで違う。しかもニューヨーク・タイムズによれば、接続が回復した後も、特定の地域や層ではまだアクセスできないケースがあるという。「解除」は全面的なものではなかった。
スイッチを握る側の論理
情報統制 権威主義という組み合わせで語られるとき、しばしば見落とされるのが「予告なき再遮断」の抑止力だ。今日つながっていても、明日また切られるかもしれない——その不安があるだけで、人々の行動は変わる。過激な投稿を控え、海外メディアを参照するのをためらい、VPNの使用も目立ちたくないと躊躇する。遮断そのものより、「いつでも遮断できる」という状態が長期的な抑止として機能するわけだ。
イランに限った話でもない。同様の手法はミャンマー、ロシア、エチオピアなど複数の権威主義的政府が採用してきた。技術的には安価で、対抗手段は市民側には乏しい。デジタル鉄のカーテンは、物理的な壁よりはるかに素早く、静かに降りる。
この先どうなる
接続が回復したからといって、状況が改善したと見るのは早計だろう。再遮断のリスクは消えていないし、政府が「許可を取り消す」ハードルは低いままだ。国際社会の圧力が実効性を持つかどうかは、制裁や外交ルートの強度にかかってくる。一方でイラン国内では、VPNや衛星インターネットへの需要が高まっており、政府の遮断技術とのいたちごっこはこれからも続く。「88日間の沈黙が終わった」より「次の遮断までの猶予期間が始まった」と見た方が、実態に近いかもしれない。