黒海穀物合意が消えた翌日、オデーサ港の穀物倉庫に煙が上がった。米国政府が正式に確認したのは、ロシア軍によるウクライナ穀物施設への攻撃再開だ。合意が「命綱」だったとすれば、その綱はいま、意図的に断ち切られたことになる。
合意離脱から24時間以内に攻撃再開——ロシアの「タイミング」が示すもの
2022年7月、国連とトルコの仲介で成立した黒海穀物合意は、戦時下でも穀物船をオデーサ港から安全に出港させる仕組みだった。ウクライナは世界の小麦輸出の約10%、トウモロコシ輸出の15%以上を担う農業大国。この合意があったからこそ、エジプト、レバノン、エチオピアといった食料輸入依存国は市場価格の暴騰を何とか抑えられていた。
ロシアが合意から一方的に離脱したのは2023年7月。「合意の条件が履行されていない」というのが表向きの理由だったが、離脱直後のウクライナ穀物施設攻撃という流れは、交渉の失敗というより、計画的な圧力行使に見えなくもない。
「米国は、モスコワが戦時中のウクライナ穀物輸出を可能にしていた黒海穀物合意から離脱した後、ロシアが再びウクライナの穀物施設を標的にしていると述べた。」(AP通信)
国連世界食糧計画(WFP)はすでに警告を出している。中東・アフリカ向けの食料支援ルートが断たれれば、現地の飢餓リスクが一気に跳ね上がるという話だ。ウクライナ穀物施設攻撃は、単に農業インフラへのダメージではなく、支援物資のサプライチェーンそのものを揺るがす行為でもある。
「食料を兵器にする」——戦場の外で数億人が巻き込まれる図式
食料を戦略的に使う手法は歴史的に前例がないわけじゃない。ただ、今回のケースが異質なのは、攻撃対象が一国内に留まらず、輸出インフラを潰すことで世界市場全体を揺さぶる規模感を持っていること。小麦の国際先物価格は合意離脱直後に急上昇したと報じられており、その余波は産地とは縁のない国々にも確実に届く。
オデーサ周辺の港湾施設や穀物倉庫への攻撃が続けば、仮に別のルート(陸路・ルーマニア経由など)で輸出を維持しようとしても、コストと時間のロスは相当なものになる。EU各国が代替輸送路の確保に動いてはいるが、合意時代の月間輸出量には遠く及ばないのが現状らしい。
この先どうなる
国連と各国は合意の再建に向けた交渉を模索しているが、ロシア側がテーブルに戻る条件として挙げているのは、自国の農産物・肥料輸出への制裁緩和。西側がそこまで譲歩できるかどうかは、見通しが立っていない。
一方、ウクライナ側はドローンや防空網を使ったロシア艦艇への反撃で、黒海での一定の「抑止」を維持しようとしている。完全な封鎖には至っていないが、民間穀物船が自由に動ける状況でもない——そんな綱渡りが続く見通しだ。今後の焦点は、トルコと国連がどこまで仲介力を発揮できるか。あと、世界の食料価格がこの夏どこまで上がるか、家計レベルで実感する人が増えてからようやく国際社会が本腰を入れる、というパターンにならなければいいのだが。
