ティール空爆から逃げる人々の映像が、地中海岸から届いてきた。停戦合意が成立してから、まだ5週間しか経っていない。イスラエル軍は1月8日、南レバノン最大級の都市ティールに対して全市民の即時退避を命令し、大規模な空爆を開始した。退避先はザフラニ川以北、国境から約40km——パレスチナ難民キャンプを含む周辺集落の住民まで対象に含めた、史上最大規模の移送命令だ。

ティールの空に黒煙、市民はバルコニーからスマホを向けた

午後にかけて、ティールの地中海を臨む空には黒い煙柱が何本も立ち上った。住民たちはバルコニーから映像を撮り続けたという。同日朝には南部のチュキンとナバティエでもイスラエルの空爆が相次ぎ、4人が死亡したとレバノンメディアが報じた。ベカー高原でも攻撃が確認されており、レバノン各地で被害が広がっている。

イスラエル軍の発表によれば、「イランが支援するヒズボラが米国主導の停戦を違反したため、強力な行動をとらざるを得なかった」とのこと。ヒズボラ側は逆にイスラエルが停戦を破ったと主張し、リタニ川以北(国境から約30km)でイスラエル地上部隊と交戦中だと発表している。どちらの言い分が正しいかを外から判断するのはかなり難しい状況だ。

「イスラエル軍はティールに住む全員、およびパレスチナ難民キャンプと周辺村落の住民に対し、ただちに退避しザフラニ川以北、国境から約40km地点へ向かうよう命じた。」(BBC News)

前日にはイスラエルのネタニヤフ首相が地上作戦の拡大を宣言している。ヒズボラの無人機が南レバノン占拠中の部隊と北部イスラエルの民間人を攻撃したことへの対抗措置という説明だった。これを受けての今回の全市退避令と大規模空爆、という流れを踏まえると、事態の急加速ぶりがわかる。

米国仲介の停戦、5週間で形骸化か

昨年12月に締結した米国主導の停戦合意は、ヒズボラがリタニ川以南から撤退し、イスラエル軍も段階的に引き上げるというロードマップを描いていた。ただ、双方が「相手が先に違反した」と主張し続けている現状は、合意の履行監視が実質的に機能していないことを示している。レバノン退避命令の規模とイスラエルヒズボラ双方の応酬を見る限り、停戦の枠組みは形骸化しつつあるといっていい。

ティールはフェニキア時代からの歴史を持つ港湾都市で、南レバノンでは経済・文化の中心地でもある。そこへの全市退避命令は、単なる軍事作戦の話を超えて、住民の生活基盤そのものへの打撃を意味する。難民キャンプの住民を含めた数十万人規模の移動が、冬季のレバノンで動き始めた。

この先どうなる

焦点は二つある。一つは米国が停戦枠組みの立て直しに動けるか、もう一つはヒズボラが本格的な反撃に出るかどうか。バイデン政権の残り日数がわずかな中、次期トランプ政権への移行期という外交的な空白が、双方の行動をより読みにくくしている。イスラエルが「ヒズボラの違反」を根拠に作戦を継続する限り、ティール以外の都市にも同様の退避令が広がる可能性は排除できない。地中海沿岸の黒煙が収まるまで、まだ時間がかかりそうだ。