EU WTO提訴という一手が、欧中貿易戦争を静かに次の段階へ押し上げた。ブリュッセルが正式に確認したのは「関税だけでは終わらせない」という意志表明でもある。すでに中国製EVには最大45%の追加関税が課されているが、その関税でさえBYDの価格競争力を完全には止められていない、というのが実情らしい。
BYDが「欧州価格」を破壊した数字
中国政府による産業補助金の規模は、正確な数字を把握すること自体が難しい。ただ、結果として出てきた数字は分かりやすい。BYDの主力EVは欧州ブランドの同クラスと比べ、3〜4割安い価格帯で並んでいる。フォルクスワーゲンが複数の国内工場閉鎖を検討し、ステランティスが生産調整を迫られているのも、この価格差が直撃しているからだ。欧州自動車産業の雇用は直接・間接合わせて数百万人規模。関税という壁を一枚立てただけでは、その壁をすり抜けてくるコスト優位は崩れなかった。
「EUは中国製電気自動車への補助金をめぐり、世界貿易機関(WTO)で法的措置を起こすことをブリュッセルが確認した。すでに最大45%の追加関税が課されているこの貿易紛争が、さらに激化することになる。」(Financial Times)
WTO提訴が狙うのは、関税の「正当化」と、補助金そのものへの制度的な歯止めだ。国際ルールの場で中国の産業政策を問題として記録に残す、という側面も小さくない。欧州委員会がこのタイミングで動いたのは、関税だけでは世論も産業界も納得させられないという政治的な計算も透けて見える。
WTO提訴に「数年かかる」という現実
中国電気自動車補助金問題をWTOで争う場合、結論が出るまでに早くても3〜5年かかることが多い。その間に欧州の自動車産業がどこまで持ちこたえられるか、というのが本当の問いになってくる。北京側はすでに、EU産ブランデーや乳製品への対抗措置を示唆しており、欧中貿易戦争は自動車の一分野を超えて広がりつつある。提訴が「法的勝利」につながるかどうかより、交渉カードとして機能するかどうか、そちらの方が現実的な焦点かもしれない。
この先どうなる
WTO提訴の手続きが正式に始まれば、中国は対抗措置の選択肢をさらに広げてくるだろう。欧州側にとって悩ましいのは、EV転換を急ぎたいのに安価な中国製電池やモーターへの依存度が高いという矛盾を抱えていること。補助金問題を封じながら、脱炭素のサプライチェーンをどう再構築するか、EUが問われているのはそこまで含んだ話だ。当面は「関税+WTO提訴+二国間交渉」という三本柱で圧力をかけ続ける構図が続くとみられるが、どこかで双方が折れる妥協点を探る局面も来るはず。ただし、それがいつかは、現時点では誰にも分からない。