教皇レオ14世が、人工知能をテーマにした回勅を発布する見通しだとニューヨーク・タイムズが報じた。回勅という形式でAIが正面から論じられるのは、カトリック教会の長い歴史の中でこれが初めてのことになる。世界13億人以上の信者に向けた最高位の公式文書が、ChatGPTが日常に入り込んだ2020年代を射程に収める——そのスケール感は、どんな国家の規制議論とも異なる重みを持っている。

回勅とは何か、なぜ今これが効く

回勅(エンチクリカ)は、教皇が全世界の司教と信徒に宛てて発する書簡形式の公式文書。1891年の「レールム・ノヴァルム」が産業革命下の労働問題を論じ、2015年の「ラウダート・シ」が気候変動を取り上げたように、時代の変曲点で繰り返し使われてきた手段だ。法律ではないが、カトリック圏の政治家・法学者・倫理学者に与える影響は無視できない。特にラテンアメリカ、南欧、サブサハラアフリカといった地域では、バチカンの言葉が社会規範に直結する場面が今も多い。

AIをめぐる国際的な規制はいまだに断片的で、EU AI法やアメリカの大統領令レベルの動きはあっても、グローバルな共通倫理基準は事実上存在しない。そこに宗教的権威が「人間の尊厳」「公正」「連帯」といった言語で切り込む意味は、実は法規制よりも広い読者層に届く可能性がある。

「レオ14世は、教皇として初となる回勅と呼ばれる数百年の歴史を持つ教皇伝達の形式を用いて、現代世界における人工知能に関する見解を発表する予定だ。」(The New York Times, 2026年5月25日)

バチカンが2020年から積み上げてきた布石

今回の回勅は突然出てきた話ではない。バチカンは2020年2月、マイクロソフト・IBMなどのテック企業と共同で「ローマ宣言」に署名している。AIの透明性・公平性・プライバシー保護・説明責任を軸にした宣言で、宗教機関としては異例の産業連携だった。

カトリック 人工知能をめぐるバチカンの関与はその後も続き、教皇庁科学アカデミーでの議論、G7への倫理提言など、着実に存在感を示してきた経緯がある。今回の回勅はその集大成という位置づけになるとみられる。焦点になりそうなのは、自動化による雇用喪失・生体監視技術の拡大・生成AIによる偽情報拡散・AIを使った兵器開発あたりだろう。「人間を手段として扱うな」という伝統的なカトリック倫理の文脈で、これらをどう言語化するかに注目が集まる。

この先どうなる

発布のタイミングや具体的な内容はまだ明らかになっていないが、バチカン AI倫理をめぐる議論が一段階上のステージに入ることは確かだろう。回勅が発布された後、国連や各国の規制当局がその文言を引用・参照し始める流れは過去にも起きてきた。EU AI法の倫理条項や、発展途上国のデジタル政策にも間接的に影響が及ぶ可能性はある。テック企業側がどう反応するかも見どころで、2020年のローマ宣言のように再び連名という形で歩み寄るか、距離を置くかで業界の温度感が測れそうだ。宗教と最先端技術がここまで直接向き合う局面は、歴史的に見てもかなり珍しい——それだけは間違いない。