ドーハ交渉の席に、イランの高官団が実際に姿を見せた。それだけでも「前進」と読めるはずだった――が、同じ日にネタニヤフ首相がレバノンでのヒズボラ攻撃をさらに激化させると明言し、テーブルの空気は一変した。
トランプの「矛盾シグナル」が市場を揺さぶった理由
2025年5月25日、トランプ大統領は午前に「交渉は進んでいる」と発言し、午後には一転して「まとまるかどうか分からない」とトーンダウンした。同日2回、真逆のメッセージ。原油先物は数十分で1.8ドル以上の値幅を記録したとされ、新興国通貨も揺れた。
ここで引っかかるのは、このブレが「失言」なのか「意図的な揺さぶり」なのかという点だ。トランプ流の交渉術として知られるのは、相手に「合意しなければ最悪の事態もある」と思わせながら、同時に「今なら乗れる」と匂わせる二段構えのプレッシャーで、今回もそのパターンに見える。イラン側が着席したまま退席しなかった事実は、少なくともテヘランが完全に交渉を放棄していないことを示している。
「イランの高官らがドーハに到着した。トランプ大統領は交渉の進捗について矛盾したシグナルを発した。ネタニヤフ首相はイランの同盟組織ヒズボラへの攻撃をレバノンで強化する意向を示した。」(The New York Times, 2026年5月25日)
イラン核交渉2025の文脈で言えば、今回のドーハ協議はウィーン合意崩壊後、最も具体的な場として位置づけられている。ウラン濃縮の上限と制裁解除のタイムラインが最大の争点とされており、仲介役カタールの外交官が双方の草案を行き来しているとみられる。
ヒズボラ攻撃激化宣言が「和平テーブルへの爆弾」と呼ばれるわけ
ネタニヤフ発言の何が厄介かというと、タイミングだ。イランにとってヒズボラはレバノンに展開する最前線の代理勢力。ドーハで交渉担当者が文書を積み上げている最中に、その同盟組織が空爆されれば、テヘランの国内強硬派が「交渉継続は国家の恥だ」と声を上げる口実になる。
複数の欧米メディアが報じているのは、交渉決裂の場合はレバノンを含む多正面衝突に発展するシナリオが「想定外ではなくなってきた」という見方だ。ヒズボラ攻撃激化が続けば、イランが代理勢力防衛を名目に直接関与を深めるエスカレーション経路が現実味を帯びる。そうなれば原油価格は需給以前の地政学プレミアムで急騰しかねない。
サプライチェーン面でも注意が必要で、ホルムズ海峡の輸送保険料率はすでに静かに上昇しているとの観測がある。日本の製造業にとっても対岸の火事ではないってことだ。
この先どうなる
今後72時間がドーハ交渉の事実上の山場とみられている。合意の骨格が出れば原油は売られ、新興国通貨は買い戻されるシナリオ。一方、イスラエルがレバノンでの攻勢を拡大したままイラン側が席を立てば、カタール仲介の枠組み自体が機能不全に陥る可能性がある。ネタニヤフの次の発言とイラン外務省の反応、この2点を追うのが当面のチェックポイントになりそうだ。