ECB利上げが、6月の理事会で現実の選択肢として浮上してきた。ブルームバーグが5月24日に報じたところによれば、ECB政策委員のコッヘル氏がこう述べたという——「イランをめぐる戦争が物価を押し上げており、来月の利上げに向かいつつある」と。今年に入り利下げ基調を続けてきた中央銀行が、わずか数週間で政策の向きを変える可能性が出てきた。

コッヘル発言が突いた急所——ホルムズ海峡とヨーロッパの台所

問題の核心は地理にある。世界の原油タンカー輸送の約2割が通過するホルムズ海峡。イランとの軍事的緊張が高まるほど、この水道が「リスクのボトルネック」として意識され、原油先物に上昇圧力がかかる仕組みだ。

欧州はもともとロシア産エネルギー依存からの脱却を急いでいる最中で、中東産原油・LNGへの依存度が高い。ホルムズが不安定になれば、その影響はドイツの電気代やフランスのガス料金にじわじわ波及する。コッヘル氏が「価格を押し上げている」と指摘したのは、そのルートのことだったらしい。

「欧州中央銀行は来月の利上げに向かいつつある——イラン戦争が物価を押し上げているためと、コッヘル氏は述べた」(Bloomberg、2026年5月24日)

ECBがこの発言を黙殺できないのは、イラン戦争インフレが「一時的」で片づけられない性質を持つからだ。戦闘が長引くほど、エネルギー市場は「慢性的な不確実性プレミアム」を原油価格に織り込み続ける。輸送コストが上がれば食料品も上がる。ユーロ圏の消費者物価が再加速すれば、ECBは利下げどころではなくなる。

利上げが引き起こす「二重苦」——景気後退とインフレが同時進行するシナリオ

ここが厄介なところで、調べれば調べるほど引っかかる点がある。通常、インフレには利上げで対応する。だが今回のインフレは「需要過熱」ではなく「供給ショック」が原因だ。利上げで消費を冷やしても、ホルムズ海峡のリスクプレミアムは消えない。

つまり利上げをすれば、住宅ローン金利の上昇で家計を直撃し、企業の借入コストが増して投資が萎む。一方でエネルギー起点のインフレは収まらない——その両方が同時に進行する、いわゆるスタグフレーションのシナリオだ。1970年代の石油危機が引き合いに出される理由も、そこにある。

欧州の住宅市場は変動金利型ローンの比率が高い国が多く、利上げの波及は早い。ECBがかつて「インフレは一時的」と言いながら対応が遅れ、その後に急速利上げを迫られた2022年の記憶はまだ新しい。コッヘル氏の発言が市場に緊張感をもたらしているのも、その前例があるからだろう。

この先どうなる

6月5日のECB理事会まで、残り約2週間。それまでのあいだにイラン情勢が落ち着けば、利上げ論は引っ込む可能性がある。逆にホルムズ海峡周辺での軍事的緊張が続くか、原油価格がさらに上昇すれば、コッヘル発言は「先走り」ではなく「先読み」だったと評価されることになる。

市場がいま注視しているのは原油相場とイランをめぐる外交の動き、それにECB幹部の次の発言だ。フランクフルトのガラス張りの本部ビルに、中東の戦場の火花が届く距離は、思っているよりずっと短い。