米イラン核交渉の「大筋合意」をトランプ大統領が宣言した、その数時間後に、話がおかしくなった。米側とイラン側の当局者がそれぞれメディアに語った「合意の中身」が、まるで別の交渉のように食い違っていたからだ。楽観的な言葉が先走るのはトランプ外交の定型ではあるが、今回はその落差がいつになく大きい。

核濃縮という「一本の赤い線」――イランが絶対に曲げない理由

交渉が揉めているのは核兵器開発の細部ではなく、「そもそも濃縮をやめるか否か」という根幹部分らしい。イランは国内での核濃縮継続を譲れない一線と明言している。国内向けには「核技術の保有は主権の証し」という文脈が染みついており、ここを手放せば最高指導者ハメネイ師の政治的足場が揺らぐ。一方、米側が要求しているとされるのは「完全停止」。この二点は交わらない。

2015年のイラン核合意(JCPOA)でも、濃縮の「上限と監視」で折り合いをつけた経緯がある。今回トランプ政権が完全停止を求めているなら、JCPOAより厳しい条件を初交渉で飲ませようとしていることになる。イランがすんなり応じるはずがない、とみる専門家は多い。

「トランプ大統領は米国とイランが合意を『大筋で交渉した』と述べたが、米・イラン双方の当局者は条件の内容を異なる形で説明した」(The New York Times)

この一文に、今の交渉の危うさが凝縮されている。「大筋合意」という言葉が独り歩きし、市場や同盟国が反応してしまうリスクも小さくない。

原油の20%が通るホルムズ海峡――交渉決裂なら何が起きるか

ここで地政学的な数字を一つ確認しておきたい。世界の原油海上輸送量のおよそ20%がホルムズ海峡を通過している。日本が輸入する原油の約9割も、この狭い水道を経由する。イランが過去に繰り返してきた「海峡封鎖」の脅しは、だから単なるブラフとして無視できない。トランプ和平発言が空振りに終わり、交渉が破談した場合、イランが強硬姿勢に転じる展開は十分ありうる。

加えて、中東の安全保障秩序にも影響が及ぶ。サウジアラビアやUAEはイランの核能力拡大を最も警戒している国々であり、米イランの交渉が頓挫すれば独自の対応を模索し始める可能性もある。核交渉の帰趨は、地域の軍事バランス全体を動かしかねない話だということを忘れてはならない。

この先どうなる

次の焦点は、米イラン双方が「同じ条件を話しているのか」を確認する実務者協議が開かれるかどうかだろう。現段階では、トランプ大統領の楽観発言とイラン側の硬い姿勢の間には、まだ相当な距離がある。ホルムズ海峡リスクが再び市場の話題になる前に、水面下での調整が進むかが鍵になりそうだ。「合意が近い」という言葉が何度出てきても、核濃縮問題という一点が動かない限り、交渉は同じ場所を回り続けることになる。