バイナンス制裁違反の実態が、想定より深いところまで根を張っていたらしい。ウォール・ストリート・ジャーナルが報じたところによると、イラン政権は世界最大の暗号資産取引所バイナンスを経由して数十億ドル規模の資金を移動させており、その送金は報道が出た今月も止まっていなかった。米国がイランに課してきた制裁——原油収入の遮断、国際金融システムからの切り離し——が、暗号資産インフラの前では機能し切れていないことを改めて突きつけられた格好だ。
43億ドル払っても「蛇口」は閉まらなかった
バイナンスは2023年、米司法省との司法取引で43億ドルの罰金支払いに合意した。創業者のチャンポン・ジャオ(CZ)は辞任し、コンプライアンス体制の抜本的な見直しを約束した。あの合意から1年半以上が経つのに、今回の報道が出てきた。
問題の根っこは取引所の「意志」より「仕組み」にある。ブロックチェーン上の送金は、送り手が本人確認を逃れるウォレットを経由すれば、取引所側が即座に制裁対象と紐付けるのは難しい。KYC(本人確認)の抜け穴、シェルカンパニーを噛ませた多段送金、ステーブルコインの活用——こうした手口が組み合わさると、どれだけ罰金を積んでも「ここから先は追えない」地点が生まれる。
「事情に詳しい関係者によると、イランはバイナンスを通じて数十億ドルを動かし政権の資金調達に充てており、その送金は今月も継続していた」(ウォール・ストリート・ジャーナル)
「継続していた」という現在進行形が引っかかった。過去の話ではなく、報道が出るまでリアルタイムで動いていたわけだ。
核協議のテーブルの裏で資金が動く
タイミングも見逃せない。米トランプ政権はイランとの核合意に向けた間接協議を再開しており、米イラン核協議は外交的には「対話モード」に入っている。しかしその水面下で、イラン資金調達暗号資産のルートが稼働し続けていたとすれば、制裁は交渉カードとして機能しているのか、という疑問が浮かぶ。
制裁の「抑止力」は、相手が制裁を痛いと感じているときに成立する。暗号資産経由で資金調達の代替ルートが確保されているなら、テーブルの向こう側の痛みは外から見えている分より小さいかもしれない。交渉の前提条件がずれている可能性がある。
この先どうなる
米財務省OFAC(外国資産管理局)がバイナンスに対して追加の制裁措置や調査を開始するかどうかが、当面の焦点になりそうだ。2023年の司法取引には5年間のモニタリング条項が含まれており、今回の報道はそのコンプライアンス監視の枠内でどう扱われるかが問われる。
より大きな話としては、暗号資産規制の国際的な枠組みをどこまで強化できるか。FATFのトラベルルール(送金時の本人情報共有義務)は各国で導入が進んでいるが、実効性にはばらつきがある。イランのケースが「制度の穴の実例」として国際的な議論を加速させるか、それとも今回も罰金で幕引きされるか——どちらに転ぶかで、暗号資産が「制裁外交の盲点」であり続けるかどうかが決まってくるんじゃないか。