ラウル・カストロ起訴——94歳の元指導者に、米司法省が「殺人罪」の正式訴状を突きつけた。根拠は約30年前、1996年にキューバ軍戦闘機が民間機2機を撃墜した事件だ。単なる歴史の清算と片付けるには、今のキューバをめぐる状況はあまりにきな臭い。
1996年の撃墜事件が、なぜ今になって起訴に?
1996年2月24日、キューバ軍戦闘機がフロリダ海峡上空で民間機2機を撃墜し、搭乗していたキューバ系米国人4人が死亡した。被害者遺族は長年、正義を求めて米国内で訴訟を続けてきた経緯がある。
今回の起訴はその延長線上に見えるが、タイミングが気になるところだった。トランプ政権はすでにキューバへの最大限の経済制裁を発動済みで、同国は数十年来最悪の燃料・エネルギー危機に直面している。制裁と起訴を組み合わせた「最大圧力」戦略——その意図は明らかに政権転換を視野に入れているんじゃないかと読める。
「ハバナが次のワシントンの政権交代リストに載るのではないかという憶測が高まっている」(BBC News)
キューバ政権交代をめぐる議論は、今や米政府内でも公然と交わされるようになってきた。
カストロ身柄拘束・経済崩壊・軍事介入——3つのシナリオの現実味
専門家やメディアが描くシナリオは大きく3つに絞られる。
第一は「身柄拘束作戦」。今年1月、米特殊部隊はベネズエラでマドゥロ大統領を拘束し、ニューヨークへ移送する電撃作戦を実行した。1989年のパナマ侵攻(オペレーション・ジャスト・コーズ)ではノリエガ将軍を追い落とした前例もある。ただしカストロは94歳、健康状態が不明な点が作戦の複雑さを増している。
第二は「経済崩壊による国内政変」。停電が日常化し、食料と燃料が慢性的に不足するキューバでは、市民の不満が臨界点に近づきつつある。外部からの圧力がなくても、内側から政権が崩れるシナリオは十分ありえる話だ。
第三は「米軍の直接介入」。トランプ大統領は「エスカレーションは不要」と述べる一方、ホワイトハウスは「米国沿岸90マイルの無法国家は容認しない」とも明言している。言葉の温度差が、判断の難しさを物語っている。
1996年撃墜事件が引き金になったとはいえ、この問題がキューバと米国の二国間に収まらない点も見逃せない。キューバはロシア・中国と緊密な関係を保っており、軍事介入となれば両国の反発を招く可能性がある。中露を巻き込んだ地政学的な連鎖反応——そこまで読んで動いているのが今のワシントンの計算なのかもしれない。
この先どうなる
当面の焦点は二つ。カストロが起訴に対して何らかの法的対応をとるかどうか、そしてトランプ政権が次の一手として「制裁強化」にとどめるのか「実力行使」へ踏み込むのか、だ。
キューバのエネルギー危機は冬に向けてさらに深刻化する見通しで、国内の政治的不安定は高まる一方とも言われる。過去の事例を見ると、米国が起訴状を「手段」として使ったとき、その後の展開は速かった——ベネズエラしかり、パナマしかり。66年続いたキューバ共産主義政権の行方を、世界が固唾を飲んで見守っている。