イラン戦争授権法が米上院で前進した——そのきっかけをつくったのは、政治生命が事実上終わっていた一人の共和党議員だった。予備選で敗北し、再選の目がなくなったルイジアナ州選出のビル・カシディ上院議員が法案支持に回り、党の壁を崩した。「失うものがない票」が、議会と大統領の間のパワーバランスを揺るがしつつある。
カシディ議員、予備選敗北後に何が変わったか
カシディ議員はルイジアナ州の共和党予備選で敗れ、次期の議席を失うことが確定していた。その直後、この法案への態度が一変した。政治的な計算が不要になった瞬間に、本音が出たとも言える。
共和党内では、トランプ政権への忖度から軍事権限制限に慎重な議員が多い。それだけにカシディ議員の賛成票は、党内の抑圧されていた声を代弁する一票と受け取られた。「落選が決まった議員の方が自由に動けることがある」——ワシントンでは以前から言われてきたことだが、今回はそれが法案の行方を変えた。
「ルイジアナ州選出のビル・カシディ上院議員が共和党予備選敗北後に賛成に転じ、米国のイランとの潜在的な戦争への関与を終わらせることを目的とした法案が上院で前進した。」(AP通信)
AP通信の報道によれば、この法案はイランとの潜在的な武力衝突に対し、大統領が議会承認なしに単独で踏み切れないよう制限することを目的としている。カシディ議員の造反が、採決ラインを越えるための一押しになったらしい。
ホルムズ海峡リスクが日本の原油価格に直結する理由
この法案が持つ意味は、米国内の権力分立にとどまらない。イランが軍事的な脅威にさらされた場合、世界の原油輸送量の約2割が通過するホルムズ海峡の安定が揺らぐ。日本の原油輸入の約9割は中東依存。エネルギー市場を通じた波及は、ガソリン価格から物価全体に及ぶ。
トランプ政権はイランへの「最大限の圧力」路線を維持しており、軍事オプションを完全には否定していない。法案が成立すれば、その選択肢に議会という新たな鍵がかかることになる。イラン側も、米国内で開戦権限をめぐる綱引きが起きていることは当然把握しているはずで、交渉戦略に影響が出る可能性もある。
大統領の戦争権限をめぐる議会との争いは、ベトナム戦争後の1973年「戦争権限法」以来、繰り返されてきた。今回の動きはその延長線上にあるが、対象がイランという点で中東エネルギー地政学と直接絡み合っている。
この先どうなる
上院で前進したとはいえ、法案が成立するには下院の可決とトランプ大統領の署名——あるいは拒否権を上回る再可決——が必要になる。下院は共和党が多数を占めており、ハードルは低くない。
カシディ議員の造反が他の共和党議員の背中を押すか、それとも「どうせ退場する議員の離反」として無視されるか。次の焦点はそこだろう。イランへの軍事的圧力を維持したいホワイトハウスが、議会工作をどう動かすかも注目される。ひとまず、「大統領が一人で戦争を始められる」という前提が、静かに問い直されている。