ラウル・カストロ起訴のニュースが流れた翌日、動いたのはワシントンでもハバナでもなく、北京だった。中国外務省報道官の郭嘉昆が記者会見でわざわざ米国を名指しし、キューバへの「断固たる支持」を表明した。94歳の元指導者への刑事訴追が、米中間の地政学的な火種に直結した瞬間だった。
1996年撃墜事件とは何か――ブラザーズ・トゥ・ザ・レスキューの悲劇
事件は1996年2月24日に起きた。キューバ系米国人の反政府組織「ブラザーズ・トゥ・ザ・レスキュー」が運航する軽飛行機2機が、キューバ空軍の戦闘機に撃墜された。搭乗していた4人全員が死亡。うち3人は米国籍を持っていた。
この組織はもともと、キューバからの脱出を試みる人々を海上で救助するために設立された民間団体。しかし当時のキューバ政府は、同機がキューバ領空を侵犯したと主張し、撃墜を「正当防衛」と正当化した。カストロはその時、軍の総司令官だった。
事件はキューバ系移民社会に深い傷を残し、米・キューバ関係を長年凍らせる一因になった。それから28年を経て、米連邦検察が動いた。カストロを含む6人を米国籍保有者の殺害共謀などの罪で起訴。有罪なら終身刑または死刑に相当する。キューバのディアス=カネル大統領は「法的根拠のない政治的策動」と即座に反発した。
中国がキューバを守る理由――トランプ政権「体制転覆」発言の波紋
ここで引っかかるのが、中国のスピード感だ。起訴から24時間も経たないうちに北京が声明を出した。郭報道官はこう言った。
「米国はあらゆる場面での武力による脅しをやめるべきであり、北京はキューバを断固として支持する」
なぜ中国がこれほど踏み込んだのか。背景にあるのはトランプ政権の強硬路線だろう。トランプ大統領はキューバの共産主義体制打倒を公言しており、経済制裁の強化も続けている。今回の起訴もその流れの中にあると、北京は読んでいるはずだ。
中国にとってキューバは単なる友好国ではなく、米国の「裏庭」に位置する戦略的な拠点。近年は経済・軍事両面での関与を深めており、キューバへの圧力は対中包囲網の一環とも映る。中国がキューバ支持、中国キューバ支持というメッセージをこれだけ明確に発したのは、単なる外交的リップサービスではなく、米国への牽制として計算されたものとみるべきだろう。
この先どうなる
94歳のカストロが実際に法廷に立つ可能性は極めて低い。キューバは引き渡し条約を米国と結んでいない。しかし起訴そのものが持つ外交的な重さは別の話で、対キューバ制裁の追加根拠として使われる可能性がある。トランプ政権がキューバ包囲を続ける中、中国がどこまで具体的な支援に踏み込むかが焦点になる。ブラザーズ・トゥ・ザ・レスキュー1996の事件が、2025年の国際政治を動かしているのは、なかなか皮肉な話だ。