米雇用統計7月の数字が出た瞬間、市場は「減速」ではなく「矛盾」という言葉を探し始めた。非農業部門雇用者数は18万7000人増――予想の20万人を下回り、一見すると労働市場の冷却を示す。ところが同時に発表された失業率は3.5%へ低下し、平均時給は前年比4.3%増のまま高止まりしていた。雇用が鈍るのに賃金が下がらない。この組み合わせが、FRBにとって最も対処しにくい局面を作り出している。

18.7万人の内側で起きていたこと

数字を分解すると、増加の中心はヘルスケアと社会支援、それにレジャー・接客業だった。製造業や輸送業は伸び悩み、金利上昇の影響が実体経済に浸透しつつある業種との温度差が鮮明になってきた感じがある。

失業率が3.5%まで下がった背景には、労働参加率の微妙な動きがある。求職をあきらめた層が統計から外れれば、失業率は見かけ上改善する。「失業率が下がった=雇用が強い」と単純に読むのは危ういかもしれない。

「米国の7月の雇用者数の伸びは予想を上回る鈍化を見せ、非農業部門雇用者数は18万7000人増にとどまった。一方、失業率は3.5%に低下し、年間賃金の伸びは依然として高止まりしている。」(Reuters、2023年8月4日)

賃金インフレが4%超を維持している限り、FRBがインフレ目標2%に戻すのに必要な実質的な引き締め効果は出ていない。利上げを続けた1年以上を経ても、賃金という最後のピースが動いていないってことになる。

FRB利上げ判断――止めても続けても傷を負う構図

追加利上げを打てば、すでに鈍り始めた雇用にさらなる冷水を浴びせる。住宅ローン金利は7%台に張り付き、中小企業の借り入れコストも上昇中。景気後退への速度が上がるリスクは無視できない。

一方で利上げを止めれば、賃金インフレが再燃するシナリオが現実になりうる。労働市場がこれだけ引き締まったまま金融緩和に転じれば、2021〜22年型のインフレが形を変えて戻ってくるかもしれない。どちらを選んでも傷を負う――FRBが今直面しているのはそういう局面らしい。

9月のFOMCまでに出てくるCPIと次回雇用統計が、実質的な利上げ判断の材料になる。市場は現時点で「9月は据え置き」に傾いているが、賃金データが上振れすれば一気に見方が変わる。

この先どうなる

焦点は二つに絞られてきた。ひとつは9月FOMC前に出る8月のCPIと雇用統計――ここで賃金が鈍化を示せば、FRBは利上げ打ち止めの根拠を手に入れる。もうひとつは米国の長期金利と世界市場の連動だ。米10年債利回りが4%台で推移し続ければ、ドル高圧力が新興国債務に波及し、日本の金利政策にも間接的な影響が出てくる。

「中途半端な着地」がこのまま続くとすれば、FRBは来年にかけてより長い期間、高い政策金利を維持する「higher for longer」路線を歩む可能性が高い。雇用統計の一つ一つが、その判断を左右するリトマス試験紙になっていく。