イスラエル軍イラク展開——その4文字が、中東の常識をひっくり返した。APが複数の当局者の証言をもとに伝えたのは、イランとの戦争が進行する最中、イスラエル軍がイラク砂漠に野営拠点を設置したという事実だった。イラクとイスラエルは国交を持たない。その領土に、いつの間にかイスラエルの軍靴の跡が刻まれていたらしい。

国交ゼロの国に拠点——イラク政府は知っていたのか

イラクは親イラン武装勢力が深く根を張る国で、カタイブ・ヒズボラをはじめとする民兵組織が事実上の並行権力を握っている地域もある。そこにイスラエルが足場を置いたとなれば、イラク政府の関与の有無は政治的に極めてセンシティブな問いになる。現時点でイラク側の公式コメントは出ていないし、拠点の規模や設置期間もAPの報道では明らかにされていない。「知っていた」なら政府は親イラン勢力との板挟みに陥る。「知らなかった」なら、自国領土の管理能力を問われる。どちらに転んでも、バグダッドにとっては厄介な話だ。

「当局者によると、イスラエル軍はイランとの戦争中にイラク砂漠に拠点を設営した」——The Associated Press

イスラエルの側から見ると、この展開には戦術的な理屈がある。イランへの直接攻撃ルートとして、イラク領空やイラク砂漠を通過点として使う想定は以前から軍事アナリストの間で語られてきた。実際にイラン戦争中の作戦行動として地上拠点を設けたとすれば、イスラエルの作戦ドクトリンが想定外のレイヤーで動いていたことになる。遠征能力の拡張というより、「中東を一体の戦場として扱う」という発想の転換、といったほうが近い。

イラン戦争中東作戦が照らす「通過国」という新たなリスク

今回の報道が示唆するのは、イラン戦争中東作戦の地理的な広がりだ。レバノン、シリア、イエメン、ガザ——従来の紛争地図にイラクが加わるとき、「中立的な通過国」という概念が消えていく可能性がある。イラク国内の親イラン勢力がこの情報をどう受け取るかも注目点で、報復的な動きが出れば、イラクの治安情勢が一気に不安定化しかねない。イラク親イラン勢力は過去にも米軍基地への無人機攻撃を繰り返してきた経緯があり、今回の「イスラエル拠点」という情報は格好の動員材料になり得る。

APの報道がどこまでの全体像を把握しているかは不明だが、「複数の当局者の証言」という裏付け方は同社の通常の基準からすると相当な確度を意味する。詳細が伏せられているぶん、むしろ報道できていない部分のほうが大きいんじゃないかとも思えてくる。

この先どうなる

イラク政府が公式に反応するかどうかが最初の分岐点になる。沈黙を選べばイランおよび国内民兵からの圧力が高まり、抗議すれば米国やイスラエルとの関係に亀裂が生じる。イスラエル側は作戦の詳細を認めることも否定することもしないだろうが、今後の中東情勢次第では追加的な展開情報が漏れてくる可能性は十分ある。イラン戦争がどの段階で終結するか——あるいは終結しないか——によって、このイラク拠点の話が「一時的な戦術機動」だったのか「地域的なプレゼンス確立の第一歩」だったのかの評価が変わってくる。次の当局者証言を待ちたい。