マフムード・アッバスは90歳になっても、権力の手綱を息子に渡す準備を着々と進めていたらしい。ニューヨーク・タイムズが複数の関係者の証言をもとに報じたところによると、アッバス議長は息子ファダー・アッバスをファタハの次期指導者に据えるべく、水面下で根回しを続けているという。タイミングがタイミングだった。ガザ紛争が激化し、パレスチナ統治の正統性そのものが問われているこの局面での話だ。
20年超の「アッバス体制」、腐敗疑惑とともに歩んだ軌跡
アッバス議長がパレスチナ自治政府を率いて20年以上が経つ。その間、腐敗疑惑は絶えなかった。入札の不透明さ、側近への利権集中、批判的なメディアや活動家への締め付け——こうした話は以前から内外で繰り返し指摘されてきた。
「マフムード・アッバスの長年の権力行使は腐敗疑惑につきまとわれてきた。多くのパレスチナ人は新たなリーダーシップを渇望している」(ニューヨーク・タイムズ)それでも選挙は行われず、議長の座は事実上固定された。2006年以降、実質的な民主的選挙が実施されていない状況が続いており、パレスチナ社会の中には「変化」への渇望が積み重なってきた。
ファダー・アッバスはこれまで政治の表舞台に立つことは少なかったが、近年は会合への出席頻度が増え、ファタハ内部の人脈形成を着実に進めてきたとされる。親の七光りか、それとも本人に実力があるのか——その答えを知る前に、後継レールが敷かれつつあるというのが実情のようだ。
ファタハ内部の反発と「アラブ世襲政治」という文脈
ファタハ後継問題が単なる内輪もめで済まない理由がある。アラブ世界では近年、権力の父子間継承が目立つ。シリアのアサド、ヨルダン、あるいは湾岸諸国の首長制——親から子へという流れは珍しくない。ただしパレスチナは違う、と多くの関係者は言ってきた。国家ではなく「解放運動」から生まれた組織であるファタハには、少なくとも建前上、民主的正統性への拘束があったはずだったから。
ファタハ内部からも反発の声が上がっているとNYTは伝えている。長年の幹部や若手活動家の一部は、ファダーへの禅譲を「組織の私物化」と受け取っているらしく、亀裂は静かに深まっている。ガザ後のパレスチナ統治構想を巡っては米国やアラブ諸国も自治政府の刷新を求める声を上げており、内外からのプレッシャーが重なる形だ。
この先どうなる
アッバス議長の健康状態が悪化したとき、ファタハ内の権力闘争が一気に表面化する可能性は高い。ファダー・アッバスがそのまま議長職を継ぐシナリオもあれば、強硬派や改革派が巻き返すシナリオも十分ありうる。ガザ後の統治再建を見据えて米国やEUがどの勢力を支持するか——その外圧が、パレスチナ内部の力学を左右する最大の変数になりそうだ。「次のパレスチナ」を誰が、どんな方法で担うのか。その答えはまだ、霧の中にある。