DOJテロ法をメキシコ高官に適用する――米司法省が今週、連邦検察官に対してそう指示したと報じられた。現職の外国政府当局者にテロリストのレッテルを貼るという、外交史上でもほぼ見たことのない手法だ。ここが引っかかった。なぜ今、麻薬犯罪にテロ罪を重ねる必要があるのか。

テロ罪が「武器」になる理由――量刑・資産・引き渡し、三つの優位点

通常の麻薬密輸罪と比べて、テロ関連の起訴が持つ法的な威力は格段に違う。量刑の上限が跳ね上がるだけじゃなく、資産凍結の範囲が広がり、国際的な身柄引き渡し交渉でも圧倒的に強い根拠になる。要するに「捕まえた後もずっと使える」道具、ということらしい。

ワシントンがシナロア・カルテルやJALISCO新世代カルテルにメキシコ高官が絡んでいると疑ってきたのは、もう長い話だ。フェンタニル危機が政治問題化してから特にその疑念は深まっていて、従来の司法協力ルートでは埒が明かないと判断した結果がこの新戦術、と見るのが自然だろう。

「司法省は今週、連邦検察官に対し、テロ法規を用いてメキシコ当局者を標的とした麻薬犯罪の刑事事件を構築するよう指示した」(The New York Times)

米墨関係・主権侵害という観点では、メキシコ側の反発はほぼ確実だ。現職官僚を他国がテロリスト扱いするという行為は、外交的には相当踏み込んだ挑発になる。メキシコ政府はカルテルとの癒着を一貫して否定しており、今回の動きを「主権侵害」として強く反発するシナリオは十分ありえる。

シナロアカルテル包囲網か、それとも外交カードか

調べると見えてくるのは、この指示が純粋な司法判断だけとは言い切れない、という点だ。米墨関係がフェンタニル問題・移民問題・貿易摩擦で複雑に絡み合う中、「テロ罪適用」はメキシコへの圧力カードとして機能する側面もある。実際の起訴に踏み切るかどうかよりも、「踏み切れる体制を整えた」という事実そのものが交渉力を生む、というわけだ。

シナロアカルテルを巡っては、2019年に創設者エル・チャポが終身刑判決を受けて以降も組織は温存されていた。米司法省起訴のターゲットが末端の運び屋から高官へと移るなら、それはカルテル解体戦略の次のフェーズと解釈できる。ただ、標的が主権国家の官僚である以上、ゲームのルールはがらりと変わる。

この先どうなる

最初の実際の起訴状が出るかどうかが、最大の分岐点になる。指示が出た段階と、実際に現職メキシコ高官をテロ罪で起訴する段階とでは、外交的な意味合いがまるで違う。メキシコ側が「主権侵害」として国際機関への提訴や二国間協定の見直しに動けば、米墨関係は相当長期にわたって荒れる展開になるだろう。一方で、この圧力によってメキシコ政府が独自のカルテル対策を強化するという「外圧活用」シナリオも捨てきれない。どちらに転ぶにせよ、連邦検察官レベルの実務が外交の最前線になった、という点では、もう後戻りできない局面に入った感じがある。