エヴィカ・シリナが首相の座を失ったのは、敵国の攻撃ではなく友軍のドローン3機だった——5月7日、ロシアを標的にしたウクライナの無人機が電子妨害を受けてラトビア領空に迷い込み、うち1機が東部レゼクネ近郊の石油製品貯蔵施設に直撃。死傷者こそ出なかったものの、住民への緊急アラートが墜落から1時間後まで発令されなかったことが発覚し、政府への不信が一気に噴き出した。
シリナの誤算——国防相を切ったら連立が壊れた
シリナ首相は事態収拾のためスプルーズ国防相を更迭するという手を打った。ところが、これが裏目に出る。スプルーズが所属する進歩党は更迭に反発し、閣外協力を撤回。3党連立の数字が崩れ、10月に予定されていた総選挙を待たずして政権は崩壊した。
「強力な国防相候補が目の前にいるのに、政治的な風見鶏たちが危機を選んだ。私は辞任するが、諦めない」——シリナ前首相(BBC報道より)
この発言、「諦めない」という言葉がやけに目を引く。10月の総選挙への出馬を視野に入れた捨て台詞とも読めるし、党内での影響力維持を狙った計算ともとれる。いずれにしても、政権を手放した代償は小さくない。
ラトビア領空侵犯が問い直すNATO側の統合制御
今回の事件、実は2026年に入って2件目のウクライナドローンによる領空侵入だとラトビア当局は認めている。同国とウクライナの双方が「ロシアへ向けて発射したドローンが信号妨害(ジャミング)を受け、針路を失った可能性が高い」と認めており、つまり攻撃でも誤射でもなく「迷子」のドローンが同盟国の政権を吹き飛ばした格好だ。
NATO東翼の最前線に位置するラトビアでラトビア政権崩壊を引き起こしたのがロシアでなくウクライナの装備というのは、欧州の防衛協力が抱える盲点を浮き彫りにしたと言えるだろう。ドローンの飛行経路をリアルタイムで同盟国間で共有する仕組みが機能していれば、少なくとも住民アラートの1時間遅延は防げたはずだ。ウクライナドローンの領空侵犯が続けば、同様の政治的波紋が他のバルト諸国や東欧でも起きかねない。
この先どうなる
ラトビアでは10月に総選挙が予定されており、新政権の枠組みはそこで決まる見通し。ただ、それまでの数カ月間は暫定政権もしくは少数政権が対応せざるを得ず、防衛予算の執行や外交判断に影響が出る可能性がある。シリナ自身は「諦めない」と宣言しており、選挙での復権を目指す動きに注目が集まりそうだ。より大きな問題として、NATOとウクライナの間でドローン運用の飛行経路情報をどう共有するかというルール整備が急務になった。このまま同様の「迷子ドローン」事案が繰り返されれば、ウクライナ支援を巡る政治的コストが東欧各国で積み上がっていく——そんな構図が見えてきた。