バンカー燃料が止まれば、船は動かない——それだけのことが、世界の貿易量の8割を一気に止める引き金になりうる。ホルムズ海峡の緊張が高まる中、APが「海運業界はバンカー燃料不足への懸念に直面している」と報じた。石油輸送量の約20%が通過するこの海峡で、もし供給ルートが本格的に遮断されれば、影響は燃料価格の上昇にとどまらない。

1航行で数百万ドル——迂回コストの重さ

バンカー燃料は、航空機でいえばジェット燃料にあたる。大型コンテナ船が1航海あたりに消費する量は数千トン規模で、この燃料を補給できる港や中継拠点が限られているのが現状だ。ホルムズ海峡経由のルートが使えなくなった場合、アフリカ南端の喜望峰を回る迂回ルートが現実的な選択肢となるが、距離は大幅に延び、1航行あたりのコスト増は数百万ドルに上るとされている。

しかもコスト増だけじゃなく、スケジュールそのものが崩れる。自動車部品、医薬品原料、食料——ジャストインタイムで組まれたサプライチェーンは、船が数日遅れるだけで工場を止める。船舶燃料の供給不足はその連鎖反応の起点になりかねない。

「イランをめぐる戦争がホルムズ海峡を通じた供給を締め付けており、海運業界はバンカー燃料不足への懸念に直面している。世界貿易の混乱を招くリスクが高まっている。」(AP通信)

APの報道でまず引っかかったのは、「懸念」という言葉の重さだ。実際に封鎖が起きているわけではない。だが海運各社はすでに代替調達先の確保や迂回ルートのシミュレーションを始めているとされ、「起きてからでは遅い」という動きが先行している。

ホルムズ海峡 海運への圧力——サウジ・UAE経由の代替は機能するか

ホルムズ海峡を迂回するパイプラインとして、サウジアラビアのIPL(東西パイプライン)やUAEのアブダビ・フジャイラ間のパイプラインが存在する。ただしこれらは原油輸送が主で、精製後の重油系燃料であるバンカー燃料をそのまま代替するわけにはいかない。バンカー燃料の供給拠点として機能するシンガポール、フジャイラ、ロッテルダムなどの主要港まで、原材料が届くルートが詰まれば、最終的な供給も細る。

つまり「石油は別ルートがある」という話と、「船の燃料は大丈夫」という話は、別の問題として捉えたほうがよさそうだった。

この先どうなる

イランをめぐる軍事的緊張が短期で収束するシナリオと、長期化して海峡の通航リスクが常態化するシナリオでは、海運業界の対応コストはまったく異なる規模になる。短期であれば保険料の上昇と迂回コストの一時的な転嫁で吸収できるかもしれないが、長期化すれば船舶燃料の調達構造そのものを見直す動きが出てくるだろう。日本は輸入原油の約9割が中東依存で、ホルムズ海峡ルートへの依存度は突出して高い。バンカー燃料市場の動向は、今後数週間の地政学的展開と切り離せない形で動いていく。