イスラエル死刑法が、賛成93・反対ゼロという圧倒的な票差で可決された。棄権・欠席は27人。異例だったのは票数だけじゃない——与党と野党が共同で法案を提出したのだ。対象は、2023年10月7日に1200人以上を殺害し251人を誘拐したハマス主導の武装勢力。イスラエル史上最悪のあの一日に関与した者に、死刑と公開裁判を適用できる道を開く内容だった。
クネセト93対0が映す「戦時の政治一体化」
イスラエル議会クネセトで、ここまで与野党が足並みをそろえるのはめったにない。日ごろは激しく対立する政治家たちが、この法案では一致団結した。法案の共同提案者であるユリア・マリノフスキー議員(野党)は採決前の記者会見でこう宣言した。
「被害者とその家族が、あの殺人犯、強姦犯、誘拐犯の目を真正面から見据える姿を、世界よ見よ。イスラエルという国家が、自国を傷つけた者に対して責任を取らせる、主権ある国家であることを、世界よ見よ。」
「歴史的裁判の始まり」という彼女の言葉が、この立法の政治的な温度感をよく表している。10月7日の記憶は、いまもイスラエル社会に深く刻まれたまま——その怒りが93という数字に結晶した、ともいえる。
人権団体が突く「見せ裁判」の危険
ただ、法の中身を冷静に見ていくと、引っかかる点がいくつか出てくる。イスラエルの人権団体が警告しているのは、死刑そのものへの反対だけじゃなく、拷問によって得られた自白を証拠に使う「見せ裁判(show trial)」になるリスクだ。クネセトの10月7日立法として国際社会の注目を集めるからこそ、手続きの透明性が問われることになる。
現時点でガザでの死者数は7万2740人。多数が子どもや女性、高齢者とされており、ハマス公開裁判の正当性をめぐる議論は、この数字と切り離せない文脈の中に置かれている。「テロリストを裁く法」と「占領下での民間人死者数」——どちらを先に見るかで、国際世論の評価はまるで変わってくる。
この先どうなる
法が成立したとはいえ、実際に公開裁判を開くには、まず被告となる人物の身柄確保が必要で、現在も進行中のガザ戦闘と人質交渉の行方に大きく左右される。米欧の同盟国がこの死刑法をどう評価するかも、今後の外交圧力に直結しそうだ。中東和平交渉がかろうじて続くかどうかの変数として、ハマス公開裁判の是非は当分、国際社会の議論テーブルに残り続けるだろう。「歴史的裁判の始まり」がどんな幕を開けるのか、世界が固唾をのんで見守っている。