ハンタウイルス アンデス株——「人から人へうつる」という、ほぼ前例のない感染経路を持つウイルスが、南大西洋の絶海の孤島を舞台に国際的な救出劇を引き起こした。英国陸軍の落下傘部隊がトリスタン・ダ・クーニャ島に緊急降下したのは、島に飛行場がないためだった。それだけで事態の深刻さが伝わってくる。
MV ホンディウスで何が起きたのか——3名死亡、6名感染確定
オランダのクルーズ船MV ホンディウスでハンタウイルスの感染者が確認されたのは約1か月前。その後、感染は船内で静かに広がり、最終的に3名が死亡。うち2名はハンタウイルス感染が確定した例として報じられた。現在、6名の感染が確認されており、他の2名の英国人は船外で治療を受けているという。
4月下旬にようやくスペインのテネリフェに入港したMV ホンディウスでは、100人以上の乗船者が下船し本国へ送還される手続きが進んでいる。1か月近く洋上に留まり続けた乗客・乗員の疲弊は、想像するだけで重い。
「酸素の供給は危機的水準にある」——英国防省(MoD)声明より
島内の酸素備蓄が底をつきかけていたことも、今回の緊急降下を後押しした。RAF(英国空軍)のA400M輸送機が土曜日に酸素を投下し、16空中強襲旅団から6名の落下傘兵と2名の医療臨床医が島に降り立った。人口221人、飛行場なし。それでも英軍は動いた。
アンデス株だけが「例外」——感染経路が変わるウイルスの特殊性
ハンタウイルスはもともとネズミなどの齧歯類が運ぶウイルスで、通常は人から人への感染はしない。ところがアンデス株だけは違う。現在確認されているハンタウイルスの中で、人から人への感染が記録されているのはこの株のみとされている。
今回MV ホンディウスで検出されたのがこのアンデス株だった、という点が各国の保健当局を緊張させているのはそこだ。通常の「齧歯類→人」ルートではなく、船内という密閉空間で「人→人」の連鎖が起きた可能性が否定できない。WHO(世界保健機関)は島の住民に関する情報を公表しており、4月14日に下船した英国人男性は2週間後に症状を発症。現在は安定した状態で隔離中と報告されている。
この先どうなる
MV ホンディウスはテネリフェに到着し、乗客の本国送還が始まった。ただ、アンデス株の潜伏期間や感染経路の全容はまだ解明されていない部分が残っている。トリスタン・ダ・クーニャの感染者が安定しているのはひとつの朗報だが、島の医療インフラが脆弱なことは今回改めて露わになった。英軍が落下傘で降りなければ対応できない医療体制——次の緊急事態が来たとき、同じ手が使えるとは限らない。WHOと英当局がこの島の医療整備をどう位置づけるか、静かに注目しておきたいところだ。