ハンタウイルス アンデス株の感染が船内で広がるクルーズ船MVホンジュラスが、スペイン・カナリア諸島テネリフェ島沖にようやく姿を現した。最初の死者が確認されてから約1カ月。船は港への入港すら許されず、沖合1海里の安全圏に封じ込められたまま、夜明け前の海に錨を下ろす——そんな異様な光景が今、南大西洋の島の沖で展開されている。
23カ国が動いた「前例のない」作戦の中身
スペイン保健省がこの受け入れ作戦を「前例のない規模」と表現したのは伊達じゃない。テネリフェ南部の工業港グラナディーリャでは、軍の警察部隊と国家災害対応チームが大型の受け入れテントを設営。港湾エリアへのアクセスは土曜日から明らかに厳格化されていて、地元メディアのカメラも近づけないほどの警戒態勢になっていたらしい。
100人を超える乗客・乗員の上陸と本国送還を調整しているのが、協調対応にあたる23カ国。それぞれ自国民の引き取りを担い、検疫・搬送・隔離の手順を個別に設計しているとみられる。これだけ多国間が一つの船のために動くケースは、過去の感染症対応でもほぼ記録がない。
「一般市民への感染リスクは低い。アラーミズム(過剰な警戒心の煽り)、誤った情報、混乱は、公衆衛生を守る基本原則に反する」——スペイン保健大臣 モニカ・ガルシア(BBCより)
一方、カナリア諸島の自治体大統領は「乗客と乗員が全員この島を離れるまで安心できない」と明言していて、地域の空気は穏やかじゃない。感染者数より先に「風評」が港町を直撃する、というのは過去のクルーズ船感染事例と同じ構図だった。
アンデス株は何が怖いのか——感染率より「致死率」
MVホンジュラスに乗り込んでいるのはハンタウイルスの中でも「アンデス株」という特殊な型。ハンタウイルス アンデス株は、げっ歯類の糞・尿・唾液を介した自然感染が主流の他の株と違い、「ヒト—ヒト感染」の可能性が報告されている、世界的に見ても希少な株だ。
感染率そのものは高くない。だが問題は致死率で、ハンタウイルス肺症候群(HPS)に進行した場合の死亡率は30〜40%に達するケースもある。この数字があるから、各国政府がここまで慎重に動いているわけで、「大げさすぎる」という批判より「やりすぎくらいがちょうどいい」という発想が世界標準になっているようだ。
船内でどこからウイルスが持ち込まれたのか、乗客の誰が感染ルートになったのか——その疫学的な追跡は、乗員・乗客が上陸してからが本番になる。
この先どうなる
MVホンジュラスが錨を下ろした後、まず医療チームが船内に乗り込んで健康状態を最終確認し、その後に上陸の順番が決まる段取りらしい。感染が疑われる人物は隔離施設へ、健康が確認された人物は各国の外交チャンネルを通じて順次帰国——という流れだが、全員が島を出るまでには数日かかるとみられている。
気になるのはその後の疫学調査だ。アンデス株がこれほどの規模で船上感染を起こしたのは記録にない。帰国した乗客が各国で二次感染を起こすリスクはゼロじゃないし、逆に「どうやって拡散を止めたのか」の知見が積み上がれば、次の感染症対応の教科書になる可能性もある。テネリフェ沖の1海里封鎖は、終わりではなく調査の始まりだろう。