ハンタウイルスによる死者3名を船内に抱えたまま、MV Hondiusがカナリア諸島テネリフェ島のグラナディーヤ港に滑り込んだのは日曜の未明だった。感染確認は乗客6名。うち3名がすでに亡くなっており、オランダ籍のこの探検クルーズ船は南米からの帰路でアウトブレイクを経験したことになる。コロナ禍の記憶がまだ体に染みついている島民にとって、「感染症の船が入ってくる」という一報は、冷静でいられる種類のニュースじゃなかった。

WHO事務局長が島民へ異例の直接メッセージ、「コロナではない」と断言

ここで動いたのがWHO事務局長のテドロス・ゲブレイェスス氏だった。組織の公式声明とは別に、テネリフェの住民へ向けて個人的なメッセージを発するのは異例の対応といっていい。

「あなたが不安を感じているのは分かります。『アウトブレイク』という言葉を聞き、船が岸に向かってくるのを見ると、誰もが完全には消し去れていない記憶がよみがえる。2020年の痛みは今も本物であり、私はそれを一瞬たりとも軽く見ていません。しかし、はっきり聞いてください――これはもうひとつのコロナではありません。」

テドロス氏が強調したのは2点。現在、船内に症状を示している乗客はいないこと。そして、ハンタウイルスは空気感染するコロナウイルスとは性質が根本的に異なるということ。なぜ長官自らが出てきたのか、という点を考えると、島民のパニックを未然に防ぐ「情報戦」の側面がこの声明にはあったんじゃないかと思う。

アンデス株だけが持つリスク——「げっ歯類から人」だけじゃない

ハンタウイルス全般はげっ歯類を自然宿主とし、通常は人から人へは感染しない。ところが今回疑われているアンデス株は話が違う。このウイルスは人から人への感染が確認されている唯一のハンタウイルス株で、そこが今回の事案を単なる動物由来感染症と片付けられない理由になっている。

乗客が感染したのは南米滞在中、現地のげっ歯類との接触がきっかけとみられているが、その後の船内での状況については詳細がまだ不明な部分も残る。症状は発熱・強い倦怠感・筋肉痛・腹痛・嘔吐・下痢・息切れなど、初期は風邪やインフルエンザと区別がつきにくい。スペイン当局はすでに詳細な封じ込め計画を公表しており、港での対応体制も整えられていたようだが、計画の周到さと住民の不安はまた別の話だったりする。

この先どうなる

当面の焦点は、スペイン当局が打ち出した封じ込め措置が実際に機能するかどうか。現時点で船内に症状者がいないという情報は一定の安心材料になるが、アンデス株の潜伏期間は1〜5週間と幅があり、下船後に発症するケースが出てくる可能性も否定しきれない。WHOが異例の直接メッセージを出したという事実は、裏を返せばそれだけ情報の空白が不安を増幅させるリスクを国際機関も認識しているということだろう。MV Hondiusの乗客の健康追跡と、アンデス株の感染経路の詳細解明、この2つの続報が出てくる数週間が当面の山場になりそうだ。