戦勝記念日のパレードが、今年は「見せられない」規模になっていた——ニューヨーク・タイムズが報じたこの事実、さらっと流すには重すぎる。5月9日、モスクワ赤の広場で挙行された対独戦勝80周年の式典は、安全保障上の懸念を理由に異例の縮小形式で執り行われた。核大国が、自国の最重要祝日で軍事力を「フルで見せられなかった」という話だ。

ドローンがモスクワに届く時代、何が変わったか

ここ数年でロシア国内の状況は大きく変わった。ウクライナ軍の長距離ドローンが首都圏インフラを断続的に狙い、市民生活に戦時の影が差し込んでいる。これまでモスクワは「戦場から遠い安全地帯」として機能してきたが、その前提が崩れつつある。

プーチン政権が長年維持してきたのは「戦争は前線の話であり、日常は守られている」という内向きの物語だった。パレードはその物語を毎年5月9日に更新する装置でもあった。それが今年、安全保障を理由に削られた。

「安全保障上の懸念から規模を縮小したこの式典は、モスクワをはじめとする都市がもはや戦争から切り離された聖域ではなくなったという感覚を強めている。」(The New York Times)

ロシア 首都 ドローン攻撃の脅威が現実のものとなる中、式典の縮小はプーチン側が自らその変化を認めた形になっている。対外的に強がれば強がるほど、国内では「守れていない」という印象が広がるジレンマ、なかなか抜け出せないだろう。

プーチンの「脆弱性」が透けて見えたパレード

軍事パレードは単なる儀式ではない。兵器の展示、隊列の規模、参加国首脳の顔ぶれ——すべてが外交・安保上のシグナルとして読まれる。今年の縮小は、プーチン 脆弱性を国際社会に向けて図らずも可視化した可能性がある。

停戦交渉をめぐる動きが続く中、「強いロシア」を演じ続けることで交渉力を保ってきた側面は否定できない。それが揺らぐなら、交渉テーブルでの立ち位置も変わってくる。兵器の数よりも、見せ方が外交を動かすことは珍しくない。

国内でも求心力への影響は気になるところだ。愛国心の最大公約数として機能してきた戦勝記念日の「格下げ」を、ロシア市民がどう受け止めているか。プーチン政権にとって、それが今後の最大のリスク管理課題かもしれない。

この先どうなる

停戦をめぐる外交圧力が高まる中、パレード縮小がシンボルとして機能し始めると、ロシアの交渉姿勢に微妙な変化が生じる可能性はある。ただ、プーチン政権が「弱さの露出」を簡単に認めるとも考えにくい。むしろ別の形での力の誇示——核発言の激化や局地的な軍事的圧力——で揺り戻しを図るシナリオも頭に入れておくべきだろう。モスクワが聖域でなくなったなら、次に問われるのは「どこまで戦えるか」ではなく「どこで止めるか」になってくる。その答えは、来年5月9日のパレードの規模が教えてくれるかもしれない。