塩素の供給不足が、イラン戦争という「見えないトリガー」によって世界規模で臨界点に近づいている。ウォール・ストリート・ジャーナルが報じた内容は、エネルギー危機とも半導体不足とも違う種類の警報だった。ターゲットは、蛇口から出る水そのものだ。
アンモニア・塩素が消えると何が止まるのか
塩素は飲料水の殺菌に使われ、アンモニアは窒素肥料の原料として世界の穀物生産を支えている。この2つが同時に細り始めた背景には、イラン産の原料と、ホルムズ海峡経由の物流に依存してきたサプライチェーンの脆さがあった。
戦争による制裁強化と航路の寸断が重なり、中東発の化学原料の流通が一気に滞ったらしい。工場は在庫を削りながら操業を続けているが、それも長くはもたないという見方が業界内では広がっている。
影響の順序はこうなる。まずアンモニア不足が肥料価格を押し上げ、農家のコストが跳ね上がる。次に塩素が足りなくなれば、水処理施設が代替手段を探し始める。代替手段は高コストか、処理品質の低下か、どちらかだ。食料と水が同時に揺らぐシナリオは、机上の話じゃなくなってきた。
「イランとの戦争が、世界で最も使用される化学物質の深刻な供給不足をもたらしている」(ウォール・ストリート・ジャーナル)
「世界で最も使用される」という表現が刺さる。塩素もアンモニアも、派手な産業には見えない。だからこそ、止まったときの衝撃が見えにくかった。
半導体・農業・水道を同時に揺さぶる化学物質サプライチェーン崩壊
あまり語られないが、塩素は半導体の洗浄工程にも使われる。つまり化学物質のサプライチェーン崩壊は、農業だけでなく、スマートフォンやデータセンターの生産にも波及しうる。複数のセクターが同じボトルネックを共有している構図が、ここで浮かんでくる。
アンモニアについても同様だ。戦争前から、ロシアによるウクライナ侵攻がアンモニア輸出を制限し、世界の肥料価格は乱高下を繰り返してきた。そこにイラン戦争の影響が重なれば、供給の綱はさらに細くなる。調べるほど「なぜもっと早く報じられなかったのか」という疑問が出てくる話だった。
この先どうなる
短期的には、各国の備蓄と代替調達ルートの確保が焦点になる。北米や中国の化学メーカーが増産に動く可能性はあるが、プラント建設や輸送インフラの整備には数ヶ月から数年単位の時間がかかる。その間、水処理コストと肥料価格は高止まりが続くとみられる。
中東情勢が長期化すれば、各国政府が「化学物質の安全保障」という概念を政策に組み込む動きが出てくるかもしれない。エネルギー安保の次は、化学物質安保。そういう時代に入りつつあるってことだろう。