世界石油備蓄が、過去のどの危機よりも速いペースで失われている――ブルームバーグが2026年5月9日に報じた内容は、原油市場の関係者に静かな衝撃を与えた。イランとの軍事衝突が長引くにつれ、IEA(国際エネルギー機関)が管理する戦略備蓄の残量が急速に細っており、市場では「バッファーゼロ」のシナリオが冗談抜きで語られ始めているらしい。

ホルムズ海峡の混乱、過去データと比べてみたら驚いた

ホルムズ海峡は世界の原油海上輸送量の約2割が通過する咽喉部にあたる。ここが機能不全に陥ると、サウジアラビアやイラク、UAEといった主要産油国からの積み出しが一気に詰まる。今回の混乱長期化で起きているのは、まさにその詰まりだ。

過去の比較対象として挙げられるのは1973年のオイルショック、1990年の湾岸戦争、2022年のロシアによるウクライナ侵攻だが、IEAデータを参照した複数のアナリストによれば、今回の備蓄取り崩し速度はそのいずれをも上回っているという。

Iran War Is Draining World's Oil Buffer at an Unprecedented Pace(イラン戦争が世界の石油バッファーを前例のないペースで消耗させている)― Bloomberg, 2026年5月9日

怖いのは価格そのものじゃなく、「価格が暴れたときに使える手がなくなる」という点だろう。備蓄とは要するに保険だ。家が燃えたときに保険証書ごと燃えてしまうようなもので、その後の選択肢が一気に狭まる。

アジアと欧州、代替調達を急いでも中東依存は簡単には抜けられない

日本・韓国・インドなどアジアの主要輸入国は代替ルートの確保に動いているが、中東産原油への依存度を短期間で大幅に下げるのは現実的に難しい。パイプラインの整備や長期契約の切り替えには数年単位の時間がかかるからだ。

欧州も似たような状況で、ロシア産エネルギーから脱却を進めた直後に今度は中東リスクが直撃する形になった。ホルムズ海峡封鎖が現実のものとなれば、LNG(液化天然ガス)市場にも連鎖的な影響が及ぶ可能性がある。

IEA戦略備蓄の放出は湾岸戦争時やコロナ禍後の需要急回復時にも行われた実績があるが、今回は放出速度が速すぎて「補充が追いつかない」との懸念が先に立つ。補充するにも調達先が限られるという悪循環だ。

この先どうなる

焦点は二つある。一つはホルムズ海峡の通航状況が数週間以内に改善するかどうか。もう一つは、IEA加盟国が協調して備蓄放出のペースを意図的に落とす合意を取りつけられるかだ。

軍事情勢が落ち着かない限り、後者の判断は政治的に極めて難しい。一方で備蓄が底をつけば、次の供給ショックに対して各国が打てる手は事実上「価格高騰を受け入れる」か「需要を抑制する」かしか残らなくなる。原油100ドル超えが常態化するシナリオを、市場はじわりと織り込み始めているようだ。日本のガソリン価格や電気代への波及は、もう他人事では済まない段階に入ってきた、と見ておいたほうがよさそうだ。