カスピ海貿易ルートが、西側の制裁網に開いた穴として急浮上している。ニューヨーク・タイムズが報じたところによれば、ロシアは軍事物資と商業貨物の双方をカスピ海経由でイランへ輸送し続けており、米国主導の圧力下でもテヘランの物資調達能力は維持されているらしい。

米海軍が「触れない海」――カスピ海5カ国の壁

ホルムズ海峡には米海軍の艦艇が常駐し、イランへの海上圧力は年々高まっている。ところがカスピ海は話が別だ。ロシア、イラン、カザフスタン、トルクメニスタン、アゼルバイジャンの沿岸5カ国だけが利用できる閉鎖的な内陸海であり、NATO加盟国の艦船が入れる根拠は条約上も慣習法上も存在しない。衛星監視はできても、物理的に止めるすべがない——ってことになる。

西側が海と空を制裁で締め上げるほど、この第三の経路の価値は相対的に上がっていく。ロシアにとってもイランにとっても、カスピ海は互いの生命線を静かに繋ぐ回廊になりつつあった。

「この内陸海は新たな戦略的重要性を帯びてきた。ロシアが軍事・商業物資をカスピ海経由で輸送し、米国の圧力に耐えるテヘランの能力を支えていると報じられた。」(The New York Times / 日本語訳)

調べてみると、カスピ海ルートはウクライナ侵攻以降に輸送量が段階的に増えているとみられ、イラン制裁迂回の実態を把握しようとする西側情報機関の懸念は2024年ごろから文書化されてきた経緯がある。制裁の設計者たちが想定しなかった「第三の窓口」が、ここにあった。

核交渉への波紋――イランが粘れるほど交渉は遠のく

単なる物資補給の話で終わらないのが、このルートの厄介なところだ。ロシアからの支援でイランの経済・軍事的余力が保たれるほど、テヘランは核交渉の席で強気の姿勢を崩しにくくなる。譲歩しなくても当面は持ちこたえられる、という計算が働くからだ。

米国がホルムズ海峡に圧力をかければかけるほど、カスピ海ルートの迂回需要が増す——という逆説的な構図がここにある。イラン制裁迂回の抜け穴を塞ごうとしても、地理的に封じられた内陸海にはアクセスできない。外交と軍事の両面でジレンマが深まっているのが現状だろう。

この先どうなる

米国が次に打てる手として考えられるのは、カザフスタンやアゼルバイジャンなどカスピ海沿岸国への外交的・経済的圧力だ。ただし両国はロシアとの経済的結びつきも強く、制裁への同調を求めるのは容易じゃない。一方、ロシアとイランのカスピ海輸送インフラへの投資が進めば、このルートはさらに安定・拡大する可能性がある。核交渉の行方も含め、カスピ海を巡る水面下の攻防は当面、表に出ないまま続いていきそうだ。