ハンガリー中国関係が、73億ドルという数字を境に完全に変質した。中国がEUへの橋頭堡として20年近く育て上げてきたオルバン政権に、いま退場の足音が聞こえてくる。きっかけは電池工場。住民投票でも国会決議でもなく、工場の建設計画だった。
CATLの73億ドルが引き金になるまで
CATL系企業がハンガリー南部に計画した電池工場の総投資額は約73億ドル。ヨーロッパのEV市場を狙った巨大プロジェクトで、表向きは「雇用創出」という文脈で語られていた。
ところが地元住民の反応は冷たかった。環境汚染への懸念に加え、中国人労働者が大量に流入するという情報が広がり、「ハンガリーの土地が外国に売られる」という空気が一気に高まった。不満は選挙に向かった。
野党のペーテル・マジャールが「主権の侵食」を争点に掲げて急伸し、フィデスへのダメージは想定をはるかに超えた。オルバン政権崩壊が現実味を帯びたと報じられているのは、この文脈がある。
「北京はヨーロッパへの足がかりを得るため、ハンガリーの退陣する指導者ビクトル・オルバンに依存していた。しかし巨大電池工場の建設計画は、一線を越えてしまった。」(The New York Times、2026年5月7日)
なるほど、と思った。北京がやりすぎたのは資金規模でも政治工作でもなく、「住民の日常に工場の煙突が立つかもしれない」という、ごく具体的な話だったってこと。
オルバンという「盾」を失ったとき、北京は何を考えるか
中国はEU加盟国の中でハンガリーを唯一の親中ゲートウェイとして機能させてきた。EU理事会でのロシア制裁、対中規制、ウクライナ支援の延長——あらゆる場面でオルバンが拒否権的な役割を果たし、北京の外交的クッションになっていた。
その設計が崩れかけている。オルバン政権崩壊が現実になれば、ハンガリーはEU内で「普通の加盟国」に戻っていく可能性がある。北京がEUへの浸透経路を再設計せざるを得ない局面に差し掛かったと報じられているが、代替となる親中国家はすぐに見つかるものじゃない。
セルビアやスロバキアへの接近が加速するかもしれないし、もっと静かな方法——学術交流や港湾投資——に軸足を移す可能性もある。いずれにせよ、ひとつの国に依存するモデルはもう使えない、と北京も学んだんじゃないか。
この先どうなる
直近の焦点はハンガリー次期政権の対中スタンス。マジャール率いるティサ党が政権を取れば、電池工場計画の見直しはほぼ確実で、中国との投資協定の再交渉も視野に入ってくる。EU内でハンガリーが対中強硬派に転じるシナリオも、もはや絵空事ではなくなった。
北京にとってより深刻なのは、同じ構図がほかのEU小国でも起きかねないという前例ができたことかもしれない。「巨大投資=歓迎」という方程式は、少なくともヨーロッパでは崩れつつある。民意という最もシンプルな力に、73億ドルが負けた記録として残りそうだ。