イスラエル空爆レバノンが記録上最悪の一日を刻んだのは、わずか10分間の話だった。4月8日午後2時15分、イスラエル軍はレバノン全土の約100カ所に対し同時多発的な波状攻撃を開始。その日だけで361人が死亡し、1,000人以上が負傷した――この戦争で単日被害としては突出した数字になった。

10分・100カ所、ベイルート南部に何が起きたか

BBCが現地取材したのは、ハイエルセロム ベイルートの南郊に広がる住宅密集地だ。「比較的穏やかだった」と住民が口をそろえていたこの街は、爆撃後には折れた階段と剥き出しの鉄筋だけが残る廃墟に変わっていた。

住民のモハメドは息子アッバスをそこで失った。アッバスは自宅で眠っていた。攻撃が直撃した瞬間、上の3フロアが彼のいた一室へと崩れ落ちた。

「上の3フロアが、全部ひとつの部屋に落ちてきた。全部一緒に……彼の上に」(モハメド)

イスラエル側の説明では、標的はヒズボラ攻撃2025の一環として設定されたヒズボラの指揮系統と軍事拠点だった。ただ現場に転がっているのは、軍事施設の残骸ではなく、生活の痕跡だ。子どもの靴、台所の鍋、そういったものが瓦礫のあいだに見えている。

「避難しろ」と言われても、行き場がなかった

ベイルート南部全域にはこれ以前から繰り返し退避命令が出ていた。だがハイエルセロムの住民の多くは動かなかった――動けなかった、というほうが近いらしい。「どこにも行くところがない」という証言が複数の住民から出ている。

イスラエル軍はヒズボラの拠点がこの一帯に混在していると主張している。一方でレバノン当局の集計する死傷者の中には、明らかに民間人が多数含まれている。この乖離がどこから来るのか、現時点では外部からの検証が難しい状況だ。

イスラエル空爆レバノンの規模そのものも、今回は異質だった。100カ所・10分という数字は、単なる「大規模攻撃」を超えて、都市インフラへの広域制圧を狙った作戦に見える。そこまで踏み込んだ背景に何があるのかは、まだはっきりしない。

この先どうなる

停戦交渉は断続的に続いているとされるが、この規模の攻撃の翌日に交渉テーブルが動く気配は薄い。ヒズボラ攻撃2025が激化すれば、レバノン国内の避難民はさらに増える見通しで、すでに医療インフラは限界に近いとされている。国際社会からの批判は出ているが、具体的な圧力につながるかどうかは別の話で、当面は攻撃と報復の連鎖が続くじゃないかという見方が現地取材陣の間では根強い。ハイエルセロム ベイルートのような「穏やかだった街」が次に狙われる保証は、今のところどこにもない。