スティーブン・ジェンが「財政の自滅」という言葉を使ったとき、Bloombergの取材現場に一瞬の間があったらしい。ワシントンの歳出拡大がドル安全資産の地位を侵食しつつある——そう警告した通貨ストラテジストの発言は、為替市場よりずっと深い場所を刺している。
GDP比6%超、1.8兆ドルの穴が開いている
2025年度の米財政赤字は約1.8兆ドルに達し、GDP比で6%を超える水準まで膨らんでいる。この数字、ちょっと立ち止まって考えてみると恐ろしい。平時のアメリカが、戦時動員でもなく、金融危機の後でもなく、これだけの穴を毎年開け続けているということだ。
国債市場では外国勢の需要が静かに細り、長期金利は高止まりのまま落ち着かない。「高金利=ドル買い」という従来の方程式が崩れ始めているとしたら、それはドルが「有利だから買われる通貨」から「信用できるか不安だから売られる通貨」に変質しつつある、という読み方ができる。
「ワシントンの財政乱費が、信頼できる安全資産としてのドルのグローバルな地位を危機にさらしている」——スティーブン・ジェン(Bloomberg、2026年5月)
ジェンが問題にしているのは、単純な為替レートの話じゃない。有事に世界の資金が一斉に流れ込む「港」としての米国債とドルの信用そのものが、財政赤字の累積によって静かに朽ちていくのか、という話だ。
「安全資産」が安全でなくなる日、歴史は何を語るか
基軸通貨の地位を失った国が緩やかな衰退を免れた例は、歴史上ほぼない。ポンドがその座を譲ったのも、英国の財政力と覇権が長い時間をかけて摩耗した末のことだった。似たような構図がドルに重なり始めているとすれば、それは「いつか来るかもしれない話」ではなく、すでに進行中のプロセスということになる。
米財政赤字の問題は今に始まったことではないが、ジェンの警告が注目される理由はタイミングにある。トランプ政権下で歳出削減の議論が迷走し、共和党内でも予算法案を巡る亀裂が表面化しているこの時期に、外から見た「ドルの信用」が静かに問い直されている。円やユーロ、金(ゴールド)への分散がじわりと進んでいるのも、この文脈と無関係ではないだろう。
この先どうなる
鍵を握るのは、米議会が財政規律を取り戻す意志を市場に示せるかどうかだろう。短期的には長期金利の動向と外国中央銀行の米国債保有残高が、ドル安全資産の信任投票の代わりになる。ジェンの警告通り外国勢の需要離れが続けば、次の世界的リスクオフ局面でドルが「逃げ込み先」として機能しなくなる瞬間が、思ったより早く来るかもしれない。その日、世界の金融市場がどう動くか——答えは誰も持っていない。