米国長距離ミサイル撤退の動きが、よりによってロシアが欧州国境への圧力を緩めないこのタイミングで進んでいる——フィナンシャル・タイムズがそう伝えた。ウクライナの戦火が2年を超えてなお続くなか、NATOの最前線を担うバルト三国とポーランドが、抑止力の空白にさらされつつある。
バルト三国・ポーランドに生まれる「射程の穴」
撤退が焦点になっているのは、欧州に展開されていた長距離ミサイルシステム。その射程と精度はロシア西部の軍事インフラを直接照準に入れられるものだったとされる。NATO東翼防衛において、この「届く距離」がどれほど政治的・軍事的なメッセージを担っていたか、今回の撤退で改めて浮き彫りになった格好だ。
欧州各国は近年、防衛費のGDP比2%目標に向けて予算を積み増してきた。ドイツは冷戦後最大規模の軍近代化を宣言し、ポーランドは陸軍拡張に動いている。ただ、長距離精密打撃能力という分野に限れば、米国製システムを数年単位で代替できるヨーロッパのプラットフォームは今のところ存在しない。「自律」と言葉で言うのは簡単だが、射程1500km超の穴を埋めるのはそう簡単じゃない。
「米国は欧州から長距離ミサイルシステムを撤収しており、ロシアとの緊張が高まる局面でNATOの東翼が無防備にさらされている。」(フィナンシャル・タイムズ報道を日本語訳)
ロシア側から見れば、この撤退は明確なシグナルとして受け取られるリスクがある。軍事的な「余白」は埋めにいくのが地政学の常套だからだ。
トランプ政権の「応分負担」論が生んだ亀裂
今回の動きはトランプ政権が繰り返してきた欧州への要求と切り離せない。「NATOに金を出さないなら守らない」という姿勢は選挙戦中から一貫していて、今それが具体的な軍事配置の変更として表れてきたとも読める。欧州安全保障の構造が、米国内の政治サイクルに振り回されている——そういう局面に入ったらしい。
欧州首脳の間では「米国頼みから脱却すべき」という声が高まっている一方、今すぐその脱却を完成させる手段がない、という矛盾が長年続いてきた。今回の撤退報道はその矛盾を、理念の話ではなく現実の配備地図の上に描き出した。
この先どうなる
短期的には、NATO加盟国による代替配備や新たな部隊ローテーションの交渉が水面下で動くとみられる。英仏の核抑止力がより前面に出てくるシナリオも浮上しており、欧州版の核共有論議が加速する可能性もある。ただ、米国が撤退した「穴」を欧州が短期間で実質的に埋めるのは難しく、当面はNATO東翼が政治的・軍事的にもっとも緊張した地帯であり続けるだろう。トランプ政権の任期と欧州の防衛再建のタイムラインがどこで交差するか——そこが当面の焦点になってくる。