植田和男の名前が官邸から漏れた瞬間、市場は止まった。日銀総裁に、中央銀行を率いた経験のない学術エコノミストが充てられる——それは前例がなかったし、大方の予想リストにも入っていなかった。
「学者総裁」は日銀128年の歴史で初めて
植田氏は東京大学名誉教授で、1998年から2005年にかけて日銀審議委員を務めた経歴を持つ。ただ、総裁・副総裁として組織を率いた経験はない。歴代総裁の大半が日銀内部または大蔵省・財務省出身だったことを考えると、この人選がいかに異例だったかが分かる。
AP通信の報道によれば、政府はこの驚きの指名を通じて、政治的しがらみの少ない理論家に政策の舵取りを委ねる判断をしたとみられる。
「日本政府は、中央銀行のトップとしての経験を持たない学者出身のエコノミスト・植田和男氏を次期日本銀行総裁に指名した。この驚きの人選は市場を揺さぶった。」(AP通信)
市場が揺れたのは人物評だけじゃない。植田氏がこれまでの学術論文や発言の中で、超低金利政策の副作用に繰り返し言及してきた「タカ派寄り」の側面が意識されたからだった。
異次元緩和の出口——円安と物価高を抱えたまま動けるか
日銀総裁の最大の仕事は今、異次元緩和をどう畳むかに絞られている。10年以上にわたって続いた大規模な国債買い入れとマイナス金利は、円安と物価上昇という形で家計を直撃し始めていた。前任の黒田東彦総裁は退任直前まで緩和継続を主張し、その方針との落差を市場は気にしていた。
植田氏が仮に早期に政策転換を示唆すれば、ドル円相場は一気に動く。その影響は日本だけに留まらず、米国債市場やアジア株にも波紋が広がる構図になっていた。逆に「緩和継続」を打ち出せば、円安圧力が再燃しかねない。どちらに転んでも「相場を動かす発言」になるというジレンマだった。
調べていて引っかかったのは、植田氏が審議委員時代に「ゼロ金利解除は時期尚早」と反対票を投じた過去があること。その「慎重派」の顔と「緩和の副作用を指摘してきた研究者」の顔が同居しているあたりが、市場の読みを難しくしている。
この先どうなる
就任直後の記者会見が、植田総裁の最初の試練になった。言葉一つで為替が動き、世界の投資家がポジションを変える——そういう席に、初めて「純粋な学者」が座ることになる。理論と実務の間には、論文には書けない緊張がある。植田氏がその距離をどう埋めていくか、日銀総裁としての最初の一言が持つ重さは、歴代総裁の誰もが経験しなかった種類のものだったかもしれない。