OpenAI訴訟の初公判で、イーロン・マスクが証言台に立った日——法廷には黒いスーツ姿の男と、9人の陪審員と、シリコンバレーの10年分の因縁が持ち込まれた。
舞台はカリフォルニア州オークランドの連邦法廷。マスクは弁護士から「この訴訟は何についてのものか」と問われ、こう言い切った。
「これは実にシンプルな話だ。慈善団体を盗むことは許されない。もし慈善団体を略奪しても構わないとなれば、慈善活動の根本そのものが崩壊する」
OpenAIはもともと非営利法人として設立された。それが近年、サム・アルトマンCEOのもとで営利モデルへの転換を進めている。マスクはそこを「公益のために集まった寄付金と人材を、一部の富裕層が私物化した」と位置づけているわけだ。
OpenAI側の反論「動機は競合潰し」
対するOpenAI側弁護士のウィリアム・サヴィットは、開口一番に切り返した。「マスク氏がここにいる理由はシンプルで、OpenAIで思い通りにならなかったからだ」。さらに「彼はOpenAIのライバル企業を持っている。競合として、OpenAIを攻撃するためなら何でもやる人物だ」とも述べた。
実際、マスクは2023年にxAIを設立し、独自のAIモデル「Grok」を展開している。OpenAI側としては、訴訟の動機を慈善ではなく商業的な競争心に帰属させることで、陪審員の心証を変えにかかっているとみられる。
マスク側の弁護士スティーブン・モロは陪審員に対し、2人のシリコンバレー億万長者に対する個人的な印象を脇に置くよう求めた。そのうえで、マスクがAIに深く関与するようになったのは技術の急速な進歩がきっかけであり、2015年にオバマ大統領と会談した後、政府による規制が追いついていないという懸念を強めたと説明した。マスクはAIを「一部の人間が富を得るための道具にしてはならない」と一貫して信じてきた——そう弁護側は主張している。
マスクとアルトマン、2人の「元友人」はなぜ決裂したのか
マスクとアルトマンはOpenAIの共同創業者だった。2015年、人類にとって安全なAI開発を目指すという理念のもとで一緒に会社を立ち上げた間柄だ。マスク証言によれば、当初から「AIは公共財であるべき」という合意があったとされている。
その後マスクは2018年に取締役を退任。表向きは利益相反の回避とされたが、経営方針を巡る内部対立があったとも報じられている。そこからOpenAIの商業化が加速し、マイクロソフトからの巨額投資が入り、ChatGPTが世界に普及した。マスクが「変質した」と感じたのはその流れだったようだ。
なお、裁判官は両者に対し、自身のSNSプラットフォームを使って陪審員の心証に影響を与えようとしないよう警告を出している。マスクがオーナーを務めるXとアルトマンのOpenAI公式アカウントを念頭に置いたものとみられる。
この先どうなる
今後の裁判では、OpenAI設立時の「非営利の約束」がどこまで法的拘束力を持つのかが争点になる。慈善法の観点からも前例のない問いで、判決次第ではAI業界の資金調達モデル全体に影響が及ぶ可能性がある。アルトマン自身の証言はまだ予定されており、法廷の火はしばらく消えそうにない。シリコンバレー最大の訴訟、と呼ぶには早いかもしれないが、少なくとも今年最も目の離せない公判になってきた。