アリー・アル・ザイディという名前を、一週間前に知っていた人がどれだけいただろう。イラク政界では事実上の無名人物とされていたこの男が、2026年4月末、新首相指名者として突然表舞台に立った。課題は連立政権の樹立だけではない。米国とイランという、互いに引く気のない二大国の綱引きの中心に、否応なく放り込まれた格好だ。

ワシントンが突きつけた「イラン排除」の要求

米国側の注文は明快で、容赦がない。イラン系武装勢力をイラクの政治・軍事構造から切り離せ、というものだ。ここ数年、親イラン派閥はイラク議会で無視できない議席を持ち、治安部隊の一部とも深く絡み合ってきた。ワシントンがそれを問題視するのは、イスラエルやサウジアラビアへの影響力投射の拠点としてイラクが使われると見ているからだろう。

ザイディが「無名」であることは、実は米国にとって都合のいい面もあったりする。既存の親イラン派閥と太いパイプを持たない人物なら、圧力をかけやすい、という計算が透けて見える。

「政治的な無名人物アリー・アル・ザイディが、新たな連立政権の樹立を委ねられた。そして今、イラクに対するイランの影響力を抑制するよう求める米国の圧力の高まりに対処しなければならない。」(The New York Times, 2026年4月28日)

一方、テヘランの立場は全く違う。イランはイラク政界に30年以上かけて人脈と資金を埋め込んできた。シーア派宗教ネットワーク、武装組織、経済的な依存関係まで含めると、その網の目は簡単に解けるものじゃない。ザイディが米国寄りの姿勢を見せた瞬間、親イラン派閥が議会で政権を揺さぶりにかかることは、ほぼ既定路線とみていい。

「米に従う」か「イランに寄る」か、どちらも詰んでいる

米国に従えば、親イラン閥が連立を崩しにかかる。イランに配慮すれば、米国の制裁リストにイラク関連企業や個人が追加されかねない。石油収入で国家予算を賄うイラクにとって、米国の金融ネットワークへのアクセスを失うことは、国家運営そのものに直結する。どちらに転んでも痛手、という構図だ。

イラク首相指名の歴史を振り返っても、この板挟み問題は繰り返されてきた。2019年に就任したアドナン・アル・ズルフィは、わずか数日で辞退に追い込まれている。ザイディが同じ轍を踏まないかどうか、まだ誰にも断言できない。

もう一つ気になるのが、米イラン影響力争いがイラク国内の一般市民の生活に直撃しているという現実だ。インフラの老朽化、電力不足、若年層の失業率の高さ。政治的な綱引きに集中するあまり、生活再建が後回しにされ続けているという声は、バグダッド市内でも根強い。

この先どうなる

ザイディに与えられた連立政権樹立の期限は、イラク憲法上30日とされている。まず問われるのは、この30日間で親イラン派閥も含めた議会の支持を取りつけられるかどうか。仮に失敗すれば、また別の指名者を探す混乱が始まる。

中東情勢全体で見ると、イラクの政治空白が長引くほど、サウジアラビアとイランの代理競争の舞台としてイラクが機能しやすくなるという側面もある。米国がどこまでイラクへの圧力を続けるか、またイランがザイディ政権に対してどんな出方をするかで、地域の緊張度は大きく変わりうる。

世界が注目しているのは、無名から突然スポットライトを浴びたこの男が、最初の30日でどんな手を打つか——そこだけだろう。