ロシア占領地の不動産法が、住民から家を奪う装置として動き始めた。新たに施行された法律は、占領地に残るウクライナ市民に対し、ロシア当局が発行する不動産権利証書の取得を義務付けるもの。期限までに手続きを完了しなければ、何年も暮らしてきた自宅が法的に没収される可能性がある。ニューヨーク・タイムズがその実態を報じた。
マリウポリで何が起きているか
焦点のひとつがマリウポリだ。2022年の激戦で壊滅的な被害を受け、現在はロシアの管理下に置かれているこの港湾都市で、住民たちは奇妙な二択を突きつけられている。ロシアの行政手続きに従い権利証書を申請するか、それとも家を手放すか。
申請には実質的にロシアの占領体制を受け入れることが前提となる。パスポートや住民登録など、ロシア国家の管轄に入る手続きが絡んでくるからだ。「行政手続き」という言葉の裏に、同化への圧力が埋め込まれている。
新たな法律により、占領地域のウクライナ人はロシアの権利証書を取得しなければ、自宅を失うリスクにさらされている。(ニューヨーク・タイムズ)
マリウポリ強制退去の懸念は以前から国際機関が指摘していたが、今回の新法でその圧力が法制度として明文化された格好だ。
「行政手続き」に偽装した国際法違反
ジュネーブ条約をはじめとする国際人道法は、占領地における財産の強制移転を明確に禁じている。にもかかわらず、ロシアは「法整備」という体裁でこれをやろうとしている点が引っかかる。
ウクライナ併合をめぐる国際法違反との批判は2022年の「四州併合」以降ずっと続いているが、今回の不動産法はそれをさらに一歩進めた。財産権を人質に取ることで、武力ではなく書類で人口構成を書き換えようとする試みといえるかもしれない。
ウクライナ政府は「占領地住民への強制的な国籍変更・財産移転はすべて無効」との立場をとっており、戦後の法的処理が極めて複雑になることは避けられそうにない。
この先どうなる
期限が近づくほど、占領地の住民は追い詰められる。申請すれば事実上の「協力者」とみなされるリスク、しなければ家を失うリスク。どちらに転んでも傷が残る構造だ。
国際刑事裁判所(ICC)はすでにロシア指導部への逮捕状を発行しており、この不動産法が新たな戦争犯罪の証拠として積み上げられる可能性はある。ただ、証拠が積み重なるスピードより、住民の日常が壊れるスピードのほうがずっと速い。占領地の「法整備」が静かに進む限り、マリウポリの問題は遠い将来の話ではなくなってくる。
