ハンク・ポールソンが、またしても市場に冷水を浴びせた。リーマン・ショックの修羅場を財務長官として生き抜いた人物が「イラン紛争はインフレを再点火する」と語ったのは、ブルームバーグのインタビュー。その言葉の重さは、単なる地政学コメントとは次元が違う。

世界の原油20%が通る「1本の水道管」

ホルムズ海峡を経由する原油は、世界供給のおよそ20%を占める。サウジアラビア、イラク、クウェート、UAEからのタンカーがここを通らなければ、市場に届かない。いわば世界経済の「水道管」が1本しかない状態だ。

その水道管が揺れ始めている。イラン紛争が激化すれば、各国は備蓄を積み増そうとする。需要が前倒しで膨らみ、供給不安が重なれば、原油価格は短期間で跳ね上がる可能性がある。エネルギーコストは輸送費・製造コスト・光熱費へと波及し、家計と企業を同時に締め上げる構図だ。

「イランをめぐる戦争は世界のエネルギー市場に圧力をかけているが、その広範な経済的影響はさらに大きなものとなる可能性がある。この紛争がインフレを押し上げ、金利を高止まりさせる可能性が高い」——ハンク・ポールソン(Bloomberg、2026年4月18日)

ポールソンの視点で引っかかるのは、「インフレそのもの」より「金利の高止まり」を先に問題にしているところ。物価が上がれば、中央銀行は利下げに踏み切れない。企業の借入コストは下がらず、住宅ローンも重いまま。景気を刺激したくても手が縛られる、という詰み筋を指摘しているわけだ。

「インフレは終わった」と思った市場の死角

2025年後半、主要国の物価上昇は一服し、FRBや欧州中央銀行は利下げサイクルに入ったとの見方が広がっていた。市場は「最悪期は過ぎた」という空気に包まれていたのも事実だ。

ところがイラン紛争の激化は、そのシナリオを根底から覆しうる。エネルギー価格の急騰は、すでに下がりつつあったインフレ率を再び押し上げる起爆剤になりかねない。イラン紛争とインフレの組み合わせは、政策当局にとって最も厄介な「外生ショック」だ。自国で制御できない要因が、金融政策の手を縛るからだ。

加えてホルムズ海峡の不安定化は、保険料・タンカー傭船料の上昇という形でも原油コストを押し上げる。価格のヘッドラインだけでなく、サプライチェーン全体への波及が今回の固有のリスクといえる。

この先どうなる

市場が最も警戒するのは、紛争の「長期化」だ。短期的な衝突なら原油価格は一時的なスパイクで収まる可能性もある。だがイラン紛争が数カ月単位に及べば、エネルギー市場の不確実性は構造化し、中央銀行は「利下げしたいのに動けない」という状況に追い込まれる。

ポールソンの警告は、地政学リスクと金融政策が今ほど密接に絡まった時代はないという現実を映している。次の焦点は、FRBが6月以降の利下げシナリオをどう修正するか——そこに答えが出てくるはずだ。