ダニエル・ダガンが逮捕されたのは、ニューサウスウェールズ州の地方都市オレンジにあるスーパーマーケットの前だった。2022年10月のことで、あれから1273日が過ぎた。元米海兵隊パイロットにしてオーストラリア市民の57歳は、木曜日に連邦裁判所で引き渡し控訴を棄却され、米国への身柄移送という現実に一歩また近づいた格好だ。
「オーストラリア法を破っていない」——ダガン妻が法廷外で訴えた言葉
米国側が問題にしているのは、2010年から2012年にかけて南アフリカで中国軍戦闘機パイロットへの訓練を提供したとされる行為。米国の武器輸出管理法に抵触するという主張で、有罪となれば最長65年の禁錮刑が科される可能性がある。
ダガン側の弁護士は「オーストラリア国内に同等の違反規定が存在しない以上、引き渡し条件を満たさない」と主張していた。米豪引き渡し条約には双罰性の原則——両国で犯罪とみなされなければ引き渡せない——という要件があるからだ。しかし裁判所はその主張を退け、身柄移送への扉を開いた。
「ダンはスーパーマーケットの前で逮捕されてから1273日間、私たち家族はひどいトラウマを抱えて苦しんできた。彼はオーストラリアの法律を何も犯していない普通のオーストラリア人だ」——妻サフリン・ダガン(法廷外でのコメント)
中国軍パイロット訓練疑惑をめぐるこの裁判、実は2024年にはすでに当時の司法長官マーク・ドレイファスが引き渡しを承認していた。今回の棄却はその流れを追認した形で、法的には着地点が見えてきたとも言える。
65年という数字の重さと、28日間というタイムリミット
6人の子どもを持つ父親が、なぜここまで長期間にわたって最高警備刑務所に収容されているのか。ダガン側は米国籍をすでに放棄しており、「アメリカの法律を守る義務はなかった」という立場を崩していない。南アフリカでの訓練が行われた当時、ダガンはそもそも民間人として活動していたとされる。
ただ、米国側の訴追理由はそれだけではないとも言われている。中国軍への軍事技術移転という文脈で、この案件は米中間の安全保障上の摩擦を象徴するケースとして注目を集めてきた。一民間人の引き渡し裁判が国際的な関心を呼ぶのは、そういう背景があるからだろう。
判決にはダガン側が政府の訴訟費用を負担するよう命じる条項も含まれており、法廷闘争のコストは膨らむ一方。残された手段は28日以内の再上訴のみとなった。
この先どうなる
ダガン側が28日以内に再上訴すれば、オーストラリア最高裁への持ち込みも視野に入る。ただ、2024年の司法長官承認という政府判断を覆すには相当高いハードルがあるとみられており、法律専門家の間でも「再上訴の見通しは厳しい」という見方が多い。
一方、妻サフリンは法廷外でオーストラリア政府に介入を求めた。外交カードとして政治決着が図られる余地がまったくないわけではないが、現政権が米豪同盟関係を背景にどう動くかは未知数だ。
米豪引き渡し条約と中国軍パイロット訓練疑惑が交差するこの裁判、次の28日間で局面が大きく動く可能性がある。1273日を経て、ダガン家にとっての「最後の戦い」が始まろうとしている。