ジョセフ・アウンが大統領の座についたとき、彼の切り札になるはずだったヒズボラの武装解除は、就任からほぼ半年を経てもまだ実現していない。2024年11月の停戦合意でいったん銃声は収まったように見えたが、イスラエルはヒズボラ関連を名目に攻撃をほぼ毎日継続。そしてイスラエルとの正式交渉が始まった今、レバノン側には相手に渡せるカードがほとんど残っていない、という状況が浮かび上がってきた。
アウン大統領が「楽観主義者」と語った日から何が変わったか
BBCの中東特派員がベイルート郊外のバアブダ宮殿でアウンと向き合ったのは昨年8月のことだった。「私は生まれながらの楽観主義者だ」と彼は言い切ったらしい。ヒズボラは当時すでに弱体化し、国内でも孤立しつつあった。元軍司令官として武装解除を公約に掲げたアウンには、確かに追い風に見えた時期があったわけだ。
「武装解除は力によってはできない」——ジョセフ・アウン大統領(BBC報道より)
ところがヒズボラは、後ろ盾だったイランの最高指導者ハメネイ師がテヘラン空爆で命を落とした後も、武器の放棄を拒み続けている。ハメネイ師死亡への報復としてイスラエルにロケット弾を撃ち込んだヒズボラは、「守護者」としての看板を維持したい組織論理と、支持者が求める対イスラエル抑止力という二つの縛りを抱えている。国家の論理と民兵の論理が、同じ国土の上で平行線を走っている格好だ。
ヒズボラ武装解除なしに、レバノン・イスラエル交渉で何を渡せるのか
専門家が指摘するのは、レバノン政府が「国家主権より生存を優先せざるを得ない」という非対称な構図だ。イスラエル側はヒズボラの武装解除を交渉の前提条件に近い形で要求しているとされるが、アウン政権にはその実現を保証する強制手段がない。国軍の展開を南部で進める計画はあるものの、ヒズボラの支持者にとって同組織は「イスラエルから土地を守る唯一の盾」であり続けている。その認識を短期間で変えることは難しい、というのが現地取材を重ねた記者たちの一致した見立てらしい。
中東全体の力学も急速に変わりつつある。テヘラン空爆によるハメネイ師の死亡を機に、イランの影響力は目に見えて後退し、ヒズボラへの資金・武器供給ルートにも支障が出ているとみられている。弱体化したヒズボラは今や「フル武装の民兵」ではなく「武装解除も認めない弱った民兵」という、交渉においてもっとも扱いにくい状態に陥っているともいえる。
この先どうなる
レバノン・イスラエル交渉の行方は、ヒズボラが「名誉ある武装解除」を受け入れられる枠組みを誰が提示できるかにかかっている、とみるのが自然だろう。アウンは軍出身者として、武力行使による解決を否定した。ならば外交と時間を使うしかないが、イスラエルの攻撃が止まらないまま交渉が長引けば、国民の不満がアウン政権に向かう可能性もある。楽観主義者と自称した大統領が次に動かせる手は、今のところ見えていない。